ねこアパート

101号室

中村 たび

連載第25回 (May 15th, 1999)

たびが近所で見つからなかったので、家に戻り、次の対策を講じました。
たずねねこの紙を作ったのです。
たびの似顔絵を描いて、説明を書きました。
自宅と違って大きな紙がなく、ペーパーバッグを破って、マジックで書いたのです。

「うちのねこ(名前はたび)が行方不明になりました。
 見つけてくださった方、どこかで見かけたという方、是非是非ご連絡ください。
 たびは黒白のちょっと太っためすねこです。
 顔の左半分は黒で、右半分は額から口元にかけて白です。
 また、手足の先と襟元、おなかも白いです。
 しっぽは短くて、途中で曲がっています。
 とても可愛い声でなきます。
 「たび」と呼ぶと返事をします。
 どうかよろしくお願いします。」

それから写真も用意しました。
前日に写したものがあったので、大急ぎで町におりて、何枚も現像してきました。
たずねねこの紙もたくさんコピーを取り、一緒にあちこちに配って歩いたのです。

別荘の管理事務所から始めて、近くのハーブのお店、たびが絶対に行けそうもない遠くのスーパーマーケットにまでお願いしました。

ご近所で聞き込みをしたときもそうでしたが、一緒に心配してくださる方、なにやら訳がわからないという顔をする方、あきれ顔で面倒がる方などいろいろでした。
もし私が誰かに同じことを尋ねられたら、そのときはうんと優しくして、一緒にさがしてあげようと心に誓いました。

今考えると、ずうずうしいな、と自分ながら感心するほど大胆にいろんな知らない人たちにお願いしてまわりました。
でも、そんなふうに何かしていないとならなかったのです。
でないとまた涙がどんどんこぼれてきて、ただ泣くしかできなくなってしまったから。

2日目の夜も、たびは帰ってきませんでした。

連載第26回 (June 1st, 1999)

私たちが考えた、たび・行方不明の理由は:
1 どこかの家にいる。
2 誰かに連れていかれた。
  ここらあたりには、東京や名古屋、大阪などからきている人が多いので、
  そのまま遠くの家に連れて帰られたため、みつからない。
3 家のすきまに(例えば床下とか)はさまって出てこられない。
4 交通事故にあった。
5 小川に落ちて流された。
6 単に迷子になって、どっかで野良ねこ修行をしている。
7 四次元に落ちた。

1は、もう散々探したのに見つからなかったので、却下されました。
2は、優しい人に連れていかれたのならそれもいいかもしれない、と思おうとしましたが、人になつかないたびなので、まず考えられません。
3は、声すらしないので、これも考えられませんでした。
4が一番恐いことでした。でも、近所の動物病院や、市役所にも連絡し、たびらしいねこは運ばれていないことは確認していましたし、それらしい形跡がなかったのでないだろうと思いました。
5は、今になっては笑い話なんですが、家の近くに流れる小川も調べました。ほんとに小さい川なのに、意外に流れが速く、幅もたびが超えられるか超えられないかくらいでしたから、もしかして落ちて流されたか、と思ったのです。
その小川は、農業用水路につながって、町へ注いでいるようでした。川を辿って行ってみたのですが、たびはいませんでした。
6が最も可能性が高そうでした。ですから、散々探し歩いたのです。彼女に野良ねこの才能があるとはとても思えなかったので。
7については ... 実はマジで考えてました。

でも、2日間まるまる探したのに、全く見つからなかったため、私もつれあいも口にしませんでしたが、3日目からの捜索は「遺体探し」になっていました。

一緒に探してくれていた、母と叔母も、それぞれ帰宅しなければいけなくなり、私たちだけが予定を伸ばして残りました。
私たちの後に来ることになっていた、義姉と姪たちがやってきて、私のあまりの憔悴ぶりに驚いていましたっけ。

家の回りにある、鬱蒼とした木々の間や、少し離れたところにある大きな池の回り、池の先にある湿地帯まで歩きました。
声が枯れるほど、たびの名を呼びました。

暑い暑い夏だったのです。

連載第27回 (June 15th, 1999)

つれあいの夏休みは終わってしまい、私も当時、英語教室の講師をしていたため授業があり、家に帰らなくてはならない日がやってきました。
ぎりぎりまでたび探しをしていましたが、みつからないまま出発の時間になってしまいました。

「また週末には探しにこようね。たびがみつかるまで、毎週来ればいい」
つれあいに慰められ、私は泣く泣く帰り支度をしました。

たびが好きな縁の下に、たびの毛布を敷き、トイレと、お水とドライフードをたくさんいれたお皿を置きました。
もし、たびが家に帰ったとき、ここで暮らして私たちを待ってくれればいい、と思ったのです。
そして、泣きながらそこを離れようとした、その時でした。

「ニャーン」

消え入りそうな小さな声が聞こえたのです。

「たび?!」

義姉と姪たちには聞こえなかったそうですが、私とつれあいにはちゃんと聞こえました。
慌てて回りを探すと、何度ものぞいたのにそこには見つからなかった、物置きの下、10センチほどの隙間にたびはいました。
たびの好きなおかかを入れたお皿を見せて、彼女を呼んだら、回りを見回しながら、たびはそっと出て来たのです。

私は、たびを抱き締めて、人目をはばからず大声で泣いてしまいました。

家に入ると、たびはまっ先にトイレにいきました。
それから、お水をたっぷり飲み、ごはんも一所懸命食べました。
外にいた間、トイレも食事もしてなかったんじゃないか、と思うと、また泣けてきました。
一緒に心配して探してくれた母親と叔母に電話で連絡し、また一緒に泣いて、私の泣き放題の夏休みはようやく終わったのでした。


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