ねこアパート

101号室

中村 たび

連載第28回 (July 1st, 1999)

それからしばらくの間は、「たびはどこにいたのか?」が私たちの命題になりました。
最終的に彼女がいた、物置きの下は、彼女がときどき遊んでいたところでもあったので、何度も何度も調べた場所でしたし、家のすぐそばなので、ずっとそこにいたはずはありません。
それに、ずいぶん遠くまで探しに行きましたが、ねこの行動範囲はとても狭いわけですし、やはり家の近くにいたはずだったのです。
その上、彼女は私たちが今、まさに帰ろうとしたときに、忽然と現れました。
私たちの考えは、どうしてもミステリアスな方へと向かってしまったのです。

そして、最も有力な説となったのが、「父親と遊んでいた」説でした。
ちょうどお盆の時期だったので、亡くなった私の父が帰って来ていたのではないかという説です。
父はたいそう動物好きで、亡くなる少し前には弟の拾って来たねこと遊んでいました。
また、たまたま母と、父が可愛がっていた叔母がいましたし、このアクシデントのせいで、母を送っていくことができず、めずらしく弟も母を迎えに来ました。
つまり、家族全員がそろっていたわけです。

更に、帰りの道で、この説を裏付ける(?)ようなできごとがありました。
まず、車で家を離れるとき、たびは車の後ろ上方を見つめて、なにやら激しくなきました。まるで、そこに大好きな誰かがいるかのように。
そして、しばらく行ったところで、車が故障したのです。
ラジエターに穴があき、冷却水がもれてしまったため、オーバーヒートしてしまったのでした。
いつも通る高速道路を避け、途中水をつぎたしつぎたしして、なんとか家に帰りつきました。

いえ、車が壊れたことではないのです。
実は、私たちは、休暇の途中、つれあいの知り合いの伊豆の別荘に遊びに行くことにしていましたが、たび行方不明事件のため、中止になったのでした。
走行距離から考えると、そのまま伊豆に向かっていれば、高速道路の途中で故障がおこっただろうと考えられました。
「きっと、お父さんが危ないから伊豆に行くのはやめなさいって止めたんだ」と、家族の間でまことしやかに語り合われ、誰もがなぜか納得したのです。

合理的に考えれば、お隣の家のどこかに入りこんだたびが、何かの原因で外に出られなくなって、たまたま私たちが帰ろうとする直前に解放され、家に帰ろうとしたけれど、私たち以外の人の声がするので物置きの下に隠れていた、というのが妥当だと思います。
実際、めったに来ない一方のお隣さんには、たびのことをたずねに行きましたが、大変無愛想で動物なんか大嫌い!ということがよくわかりましたから、あそこんちにいたんだな、と見当がついています。
そのお宅はたびが勝手に自分のテリトリーにしているのですが、あの事件の後はなかなか近寄らなかったし、かなり時間がたった今も、非常に警戒しつつ歩いていますから。

でも、たびがまるで神隠しのように消え、奇蹟のように戻って来たことも事実です。
たびが口を閉ざして真実を語らない以上、あのできごとはいまだ謎として残っているのです。

連載第29回 (July 15th, 1999)

たび行方不明事件の締めくくりとして、その後おこった、下らなくもドキドキの事件を一つ書いて終わりにしましょう。

たびが無事帰って来てから少したったある夜、また山の家でそれはおこりました。

夕食の後、テレビを観てくつろいでいたら、たびが見当たらないことに気づきました。
あの事件以来、たびの行動に関してはかなり神経質になっていた私は、あせって家の中をくまなく探して歩きましたが、たびはどこにもいません。
夜ですし、たびを外に出してはいないはずなのですが、もしかしたらドアを開けた拍子に、スルッと出てしまったのだろうか?
また泣きそうになった私は、つれあいと一緒に大きな声でたびを呼びました。
すると、小さな声で返事をするではありませんか。
ホッとしました。
なら、家の中にいるはずです。

たびを呼び続けると、小さな困惑した声で返事を返してきますが、見当たりません。
おかしい。
声は小さいけれど、ごく近くから聞こえるのです。

「やっぱりここには四次元空間が存在するのか?」
笑ってはいけません。
SF好きな私はまじめーにそう考えたのです。
ここには四次元空間が存在していて、たびはそこに落ちてしまった、前回もきっとそこにいたのだ、じゃあ、一体どうやったら助け出せるのだろう? あのときはどうやって出てきたのだろう?

短い時間で目まぐるしく考えた後、少し冷静になった私はある事に気づきました。
たびの声は、籐椅子の中から聞こえている。

山の家には義父が残した大きな籐のセットが置いてあるのですが、この丸い大きな籐椅子の中は空洞のはずです。
持ち上げてみると、案の定たびはその中でないていて、飛び出してきました。

つまり、こういうことだったのです。
籐椅子に座っていたつれあいが、テレビのチャンネルを変えようとリモコンを取ったとき、椅子ごと前屈みになったため、籐椅子の後ろが持ち上がった。
そのへんで遊んでいたたびは、ねこの習いとして、初めて見つけた椅子の中に入ってみた。
いいタイミングでつれあいが椅子を戻した。
たびは出られなくなってしまった。

下らないオチに気が抜けて大笑いしてしまいました。
世の中の不思議なことって、案外こういうオチなのかもしれませんね。
それにしても、たびが椅子に挟まれなくてよかった。

付け足して言うなら、たびはあの事件以来、決して家から遠くには行きません。名前を呼ばれると、すごい勢いで走って帰ってくるようになりました。
きっと彼女も懲りたんですね。
さて、また次回からはたびによる履歴書に戻ります。

連載第30回 (August 1st, 1999)

暑いなあ。
ほんとに暑い。
以前にも言ったと思うが、私はハーフねこなので、中途半端に毛が長い。しかも密生している。その上黒くて、ちょっと太ってさえいる。
暑くないはずないのだ。
今日は暑くてたまらなくて、複雑なお話なんてとてもできそうもないので、私の出自についての憶測を話すことにしよう。
こないだまで、かあしゃんがわりと重苦しいお話をしてたみたいだしね。

かあしゃんは、私を普通の日本猫だと思って連れて来たのだそうだ。
当時、かあしゃんはねこのことをよく知らなかったし、私に操を立てて、よそのねことは仲良くしなかったからやむを得ないかもしれなかったけど。
そのうち、だんだんと私が普通の日本猫ではナイことに気づいていったそうだ。

まず、私の毛皮のこと。これは、比較的早い時期に気づいたようだった。なにしろ、長さは3〜4センチほどで、とても細く柔らかい毛で、日本猫たちとは大きく違っていたから。「たびの毛皮はすべすべのフカフカで、まるでミンク!(ミンクに触ったこともなかったのに)」と自慢していたようだ。
そして、その後ブリーダーの今泉さんと知り合ってから、どんどんいろんなことが明らかになっていった。

1. 目の色が深いブルーグリーンなこと。
2. 目の形がまあるいこと。
3. 耳のさきっぽに長い毛があること。
4. 手足の指の間にも長い毛があること。
5. 顔の形。まんまるくて、ちょっとおへちゃ(失礼な)で、鼻だけがでっぱってること。
6. 毛は黒いのに、根元が白いこと。(ブラック・スモークっていうんだって)
7. 上毛と下毛があること。(ダブル・コートっていうんだって)
8. ほっぺのあたりに、毛が密生してること。

しっぽが短くて曲がってることや、声が高くて可愛いことは日本猫の特徴だけど、それ以外の上に並べたようなところは、みんな長毛の洋猫の特徴なんだそうだ。
だから、「ふかふかの毛皮を持つ上品なお嬢様と、スリムでちょっとやくざな流れ者が許されない恋をして生まれた」(連載第2回)っていうのは、あながち嘘じゃなかったことになる。
今泉家のまおちゃんは、完璧な短毛なので、毛皮はすっきりしてるし、エアコンは寒くて大嫌いだというから、やっぱり私とは違うなあと思う。

もう今となってはどうでもいいことだけど、生物学上の両親ってどんな顔だったのかなって、ときどき知りたいこともある。ノンちゃんも、最近うちに来ためるちゃんも、家系図を持ってるらしくて、こんなところはお母さん似だ、あんなところはおじいちゃん似だって話を聞くこともあるから。
でもまあ、自由でいいやって思う。夏、暑くなると、こんな毛皮をくれたお母さんをちょっと恨むけどね。冬はあったかいから、それもいいかな。


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