ねこアパート

101号室

中村 たび

連載第16回(January 1st, 1999)

みなさん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

あらまあ、また1年たっちゃったんだ。早いなあ。今年の春には、私、13歳になっちゃう。まあ。
さて、今回は新年なので、ちょっと脱線してしまうことにした。私の名前のこと。軽いお話だ。

私の名前はかあしゃんのインスピレーションで安易に決められた。というより、かあしゃんはほんとに下らない名前をつける名人なのである。
ノンちゃんだって、うちに来る前、「今度ノルねこ(ノルウェージャン・フォレスト・キャットのこと。なんとまあ。)が来たら」「ノルねこ、たびとうまくやっていけるかな」なんて話してるうちに、「ノルちゃん」と呼びだして、結局「ノルタ」になってしまった。
私だって、男の子だったら「ねこ太郎」にすることにしてたっていうから、女の子でほんと、よかった。(「ねここ、じゃ呼びにくいよねえ」)
りすは「りす太」「りす吉」「りす子」「りす美」。鳥はまとめて「ポチ」。
並べてみると、「たび」っていうのはかなりいい名前かもしれない。「旅」って思ってもらえるし。
かあしゃん曰く、お洒落な名前は恥ずかしいのだそうだ。背中がくすぐったくなっちゃうとか。どうもよく理解できない。

昨日203号室のあ〜ちゃんのページを見て笑ってしまった。どこのお母さんも同じだから。
私のかあしゃんもそう。もう、百万の名前で私を呼ぶ。
たあちゃん、たんたん、たーすけ、たびきち、あたりまではまあよしとしよう。
でも、にゃぐりっぱ、とか、あにゅあにゅ、なんて言われると、正直げっそりしてしまう。
子供の頃は、小さかったので、こたびと呼ばれていた。今?今はひどいときには、ぶたび。前のとうしゃんも変な人だったから、彼にも変な呼び名で呼ばれていた。想像つかないだろうな、「たび田三吉馬の輔」。
「たびたさんきちうまのすけ」? もう信じらんない。他にも梅吉っていうのもあったな。結局、馬の輔とか、梅ちゃんとか呼ばれてた。

そう言えば、かあしゃんのお友だちに、小さな頃お母さんにだまされてたって人がいる。実際にはきれいな名前を持ってるのに、「とんきりぷー」とばかり呼ばれていたのだそうだ。それで、彼女は自分の名前を、例えば「中村とんきりぷー」だと堅く信じていて、お名前は?と聞かれると「中村とんきりぷー!」と元気いっぱい答えていた。本名を言われると、絶対違う!と激しく抵抗したのだそうだ。

そういうお母さんたちはみんな「愛しているから、可愛くてしょうがないからよ」って言うはずだ。(いつも言われている。)
なら、かあしゃん、私やノンちゃんは愛してるけど、とうしゃんは愛してないの?いろんな名前で呼ばないじゃない? え、おやじだから? そうか、納得。

連載第17回(January 15th, 1999)

さて、本題に戻ろう。
かあしゃんと私は、知らない町へやってきた。知らない人がとうしゃんになった。

今度の町はとっても田舎で、お部屋はほとんど空の近くにあった。新しいとうしゃんは大きな人で、ねこと暮らすのは初めてのようだったけど、なんだか好ましい匂いがしたから気に入った。
はじめはドキドキしたけれど、この暮らしはなかなかいいものだった。
かあしゃんは会社をやめて1日中家にいるようになったし、新しいとうしゃんも会社が近いんだとかで、早く帰ってきてはいろいろなことをして遊んでくれる。
そして、しばらく一緒にいると、とうしゃんがとっても甘いんだっていうことに気付いた。可愛い声で「あん、あん」と言って、ちょっとスリスリしてあげると鼻の下をのばして大好物のおかかをくれるのだ。
かあしゃんは、私が太り過ぎてる、と言ってなかなかおやつをくれないけちん坊なので、ちょっと小腹がすいたときには、とうしゃんにアタックすれば成功率は90パーセントだ。(残りの10パーセントはかあしゃんに見つかって止められたとき。)
オトコって、チョロイんだなって思う。

かあしゃんは、初めての専業主婦生活を満喫していた。生まれて初めて「ワイドショー」というものを見て感動したり、こったお料理やお菓子を作ったりした。
なにしろ田舎だったので、美味しいパンがない、と、なんとパンまで焼くようになった。家庭科の授業では他の人にやってもらっていたお裁縫までやって、パジャマだのスーツだのくまだのと1日中いろんなものを作るようになったのだ。
もともと何か作るのが大好きだったから、なんだかエネルギーが爆発したみたいだった。たぶん、今まであれほど打ち込んでいたお仕事をやめたせいだったんじゃないか、と思う。
私も思いっきり可愛がってもらった。

お空に近い部屋なので、もちろんお散歩は無理だったけれど、かあしゃんと一緒にベランダでのんびり夕日を見ながら過ごしたりして、のどかないい暮らしだなって思ってた。
でも、もっともっといい、すてきなことがあったのだ!

連載第18回(February 1st, 1999)

それは「山の家」だ。
車に乗って、ぐねぐね道を通って行かないとたどり着けない、ほんとにお山の中にある小さな家。

私がうまれるずーっと前に、私の会ったことのない、とうしゃんのとうしゃんが作ったのだそうだ。(私はどっちのおじいさんにも会ってない。二人とも私がこの世に来る前にいなくなっているから。おばあちゃんとは仲良し。)
私の知らないおじいさんは、この小さな家が大好きで、よく来てたのだそうだけれど、おじいさんが死んだ後は、あまり誰も来なくなっていたのだそうだ。
お外での散歩ができなくなった私のことを可哀相に思ったとうしゃんがここのことを思い出して、私を連れてきてくれたのだ。

いっぺんで気に入った!
人間がいないし、だから当然車もあまりこない。空気はいつでもひんやりしていて、地面は土と落ち葉で暖かい。小さな鳥がたくさん遊んでいるし、りすも遊びに来る。登るのにちょうどいい木もどっさりあるし、虫だっていっぱいだ。
家の下には隙間があって、かくれんぼしたり、ちょっと休んだりするのにちょうどいい。
それに、家の中には階段があった。これも気に入った。

初めて来たとき、たくさん遊んで、うんと楽しかった私は、もう帰るのが嫌になってしまったから、隠れてやった。私はここに住むことにしたのだ。
家の下から雨戸の戸袋に隠れる方法を発見して、ここに入ってやった。(昔々、蜂が巣を作ったので壊したあとだそうだ)
だが、家に帰る時間が迫ってあせったかあしゃんたちにひっぱり出されてしまい、更にここには入れないようにされてしまった。
その上、懲りたかあしゃんたちは、次からは私に「リード」なんていう紐をつけようとしたのだ。
おとなしく従ったかって? フン! そんなわけないじゃん!


前の分へ

戻る

次の分へ