ねこアパート

101号室

中村 たび

連載第10回(October 1st, 1998)

かあしゃんが私を迎えにきたときには、先生はいなかった。代わりに事務長さんって感じの女の人が対応した。(先生の奥さんかお母さんだったのかもしれない、私、人間の年っていまだによくわかんない)

その女の人と一緒に入ってきたかあしゃんたちの姿を見て、私は自分からかあしゃんのバッグに飛び込んだ。あの、黒いふわふわのバッグ。かあしゃんの匂いがいっぱいする、あったかいバッグ。ほんとにあれ、どこにいったんだろうね、かあしゃん。

かあしゃんは「ごめんね、たび、ごめんね」といいながら、もう目は涙でいっぱいになってた。
私もうんと泣いた。前のとうしゃんは、黙って私を撫でてくれた。

私たちが再会を喜んでいるとき、その女の人の意地悪な声が割って入った。
「まあ、なんてひどい飼い主かしらね。」

あの人がなんでそんなことを言ったのか、今でも私にはわからない。

すでにボロボロになっていたかあしゃんの心は(私の不在の間、かあしゃんは「たびがいない」と言っては泣いてたらしい)、この一言でずたずたになってしまい、ただ呆然と私を抱き締めるだけしかできなかった。
前のとうしゃんが、優しく、でも怒ったように「家へ帰ろう」と私たちをうながした。

それから、2人は私の退院の手続きをした。かあしゃんと前のとうしゃんは、先生からいわれていた代金の3倍くらいのお金をこの女の人に請求されて、また驚いていた。(「まあ、それは先生のまちがえです。」) 心配症のかあしゃんが多めにお金を持っていってたおかげで、何とか支払いを済ませることができ、私たちは一刻も早くここを離れようと急いで外に出たのだった。

あの病院の先生は、別にいい人だったと思う、よくわかんないけど。ちゃんと手術も成功だったし、私もその後元気になった。
でも、あの女の人のことは、やっぱり許せない。かあしゃんはあの後も、あの人のひどい言葉を思い出しては「やっぱり手術なんか、入院なんかさせた私がいけないんだ」と泣いていた。
かあしゃんは自虐的っていうか、なにかトラブルがあるたびに自分を責めていじめて、ひどい鬱状態になることがよくあって、そういうときには前のとうしゃんでも、今のとうしゃんでも、私やノンちゃんでもどうしようもないのだ。私たちはみんな、静かに彼女の気持ちが持ち直すのを待つしかない。最近は大人になったのか、あまりなくなったけどね、ありがたいことに。

正直いうと、私はあのわずらわしさから解放されて、それにあのいやな入院のこともさっさと忘れて、また前と同じように元気に遊べるようになったんだけど、かあしゃんの心の傷は治らなかったようだ。彼女は、馬鹿なことに自分も子供を持たないことに決めたようだった。そんなこと何の意味もないのに。まあ、結局その後、かあしゃんの身体はあまり丈夫じゃなくて、出産なんて命がけになっちゃって、とても無理だってわかったんだけど。

心無い一言が、誰かの人生を変えてしまうこともあるのだから、人間にはもっと気をつけてほしいと思う。ほんと、人間って!
でも、かあしゃん、あんなこともう忘れちゃいなさいね。私は忘れたよ。

さ、いやな話は終わった! 次からは楽しい私の冒険のお話をしよう。

連載第11回(October 15th, 1998)

私とかあしゃんが一緒に暮らした最初の部屋は、豪徳寺というところだったというのはお話ししたと思う。
当時の豪徳寺は、なんか「東京のいなか」で、アパートのまわりには畑がいっぱいあったし、大きな木もたくさん生えてた。お花も咲いてたし、虫もどっさりいた。
楽しかったなー。

私たちが住んでいたのは、2階建ての、もうけっこう古いアパートだったけど、床はフローリングだったし、わりとおしゃれだったと思う。
そのアパートの1階に私たちの部屋はあった。
そう、ラッキーなことに1階に。

以前から外には興味があったけど、窓はいつもきっちり閉められていて、出られなかった。
が。夏が来たのだ。夏、そう、網戸の季節!
エアコンに弱い、ダサイかあしゃんは、できるだけ自然の風を部屋に入れて涼んでいたから、夜も網戸のままだ。
そして、かあしゃんは私の力量を甘く見ていた。網戸にストッパーをつけることなんか、頭になかったから、しめたものだ。

爪を網戸にひっかけて少しずつあけ、後は隙間に鼻をつっこんで強引にあける。ほんと、こんなことちょろいもんだ。

外には気持ちのいい空気が一杯で、お月様が見えた。草や、虫たちが私を呼んでる!
ぐーぐー眠り込んでいるかあしゃんをそのままに、私は外の世界へ飛び出した。

連載第12回(November 1st, 1998)

外の世界はとっても広くて、楽しかった。
住宅地、それも住人の平均年令がとても高い町だったので、夜になると車もほとんど通らず、危険も少なかったし。なぜだか他のねこがいないのは残念なことだったけど。
でも、世界は私だけのもの、って感じで、それはすばらしかった。

お花や草をかじったのはもちろん、私はこの時期に、ねことしての天性の狩りの才能を伸ばした。
田舎だといっても、そこは都内のこと、ねずみなんかはいなかったけど、虫はたくさんいた。私が特に好きだったのはとんぼ。きれいですいすい飛んでるけど、すぐどっかで休んじゃうから捕まえやすい。あとはぴょんぴょん跳ぶ、ばった。
昼間たっぷり眠っているから、気力も体力も充実してる。一晩中いろんなものを追いかけて遊び回った。
そして、夜が明ける前にそっと帰宅する。夜中のアバンチュール! ああ、わくわくする、この響き!

でも、このお遊びは、すぐにかあしゃんに知れてしまった。
何喰わぬ顔で戻って、かあしゃんのそばで眠っていたんだけど、少しだけ開いている網戸と、私の毛皮についた草のかけらで、わかってしまったのだ。

「たびちゃん、やめてね、夜中にでかけるの。心配だからね」
そう言いつつも、網戸のまま眠るのはやめないかあしゃんは、内心(まあ、いいか)と思っていたらしい。当時はまだねこエイズなんてなかったし、交通事故の心配もとても少なかったから(場所がら、ね)楽天的に考えていたようだ。蚤を拾ってくるのには閉口してたみたいだけど。
まあ、今ではとても考えられない、のんびりした時代だったのだ。

かあしゃんが熱を出して寝込んだときには、お見舞いにとんぼを持っていってあげた。複雑な顔して、私のこと、誉めてたけど、とんぼで遊ぶことも、食べることもせずに埋めちゃってたから、人間って無駄なことするやつらだなー、ってとっても思った。
それでも、かあしゃんやとうしゃんから誉められるのはうれしいので、今でもなにかすてきな獲物が捕れたときには、ちゃんと見せに行くことにしている。今の私は徳の高いねこだから、見せた後は食べたり遊んだりせずに逃がしてあげる。人間と12年半も暮らしてると、もうケモノじゃいられないのだ。これについては、いささか意見はあるんだけどね。


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