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そう言えば、「今日は会議中にアビくんがウンチしちゃって、途中で休んで片付けたよ」とか「電話中にアビくんがじゃれてきちゃって困っちゃったよ」とかうれしそうに言ってたっけ。 会議中にトイレを片付けた話には、さすがにかあしゃんもびっくりして「どうしてアビくんが会議室にいるの? 他の人はどうしてたの?」と聞いていた。 「だって、オレが休んだら会議になんないからしかたないじゃん。会議は一時休憩」 とうしゃんによると、昼間の事務所は人の出入りが多くて心配だし、みんな忙しそうなので、アビくんをケージごと一緒に会議室に連れていっていたのだそうだ。 後からとうしゃんが告白してたけど、アビくんがいる間は、ついつい一緒に遊んじゃって、お仕事はかなりおろそかになっていたらしい。 とうしゃんは家ではあんなだけど、会社ではわりと偉い人らしくて、それにねこ好きも有名だから、みんな諦めてたんだって。 「それって職権乱用じゃないの?」 かあしゃんもあきれてた。 アビくんは今では「だいぞうくん」という新しい名前をもらって、新しいお父さんとお母さんにとっても可愛がられている。 なんで「だいぞうくん」かというと、第3倉庫でみつかったから「第三」で「だいぞう」なんだって。 今でもときどき「だいぞうは元気?」ってかあしゃんが聞く。アビくん改めだいぞうくんは、すっかりお母さんっ子になって、お母さんと一緒にねんねしてるんだそうだ。 「だいぞうは肩に乗っかって、可愛かったなあ」ってとうしゃんが懐かしむと「でも、ノンちゃんが乗っかったら肩か首を傷めるよ」とかあしゃんが笑う。 「それでもいいよ」 とうしゃんのねこ好きも、もう病気の域に達した感じだ。 そんなとうしゃんだったから、ハルくんが可愛くてしかたなかったらしい。 ハルくんはめるちゃんとも仲良くなり、私たちは4人で一緒にお昼寝したり遊んだりした。 ねことしての作法や礼儀も、私たちが教えたらきちんとわかってそれを守るいい子だったし。 「なんだか、ずっと前から4人姉弟だったみたいだね」 「ねこって何匹いてもいいね」 とうしゃんとかあしゃんたちはうれしそうだったし、私も楽しくて、弟妹がいるのっていいなあ、昔ノンちゃんを追い出さなくてよかったなあ、と思っていた。 ところが、1週間ほどたった頃、今度はまた見たことのないお姉さんが来て、かあしゃんたちとお話したりハルくんと遊んだりした後、風のようにハルくんを連れて行ってしまった。 ハルくんを連れて来たのはノンちゃんやめるちゃんがうんと赤ちゃんの頃に育ててくれた人で、ハルくんもそんな風に新しいお家にお引っ越しする子だったのだ。ハルくんの新しいお母さんに急なご用ができたので、少しの間うちでお預かりしていたんだそうだ。 ハルくんの新しいお家は、もとのお家からは遠いけど、うちとは近かったからなんだって。それに、かあしゃんたちが「ハルくん可愛いから預かりたい!」って言ったから。 実際にうちに来たハルくんはそりゃもう可愛いいい子だったから、「こっそり隠しといて、うちの子にしちゃおうか?」なんて、もとのお母さんと新しいお母さんが聞いたら怒りそうなことを企んでたらしい。 とにかく、無事にハルくんは新しいお家に巣立って行った。 あ、ハルくん、ちょっと前にアパートにも入居したの。1303号室。元気そうな様子がわかって、私もとてもうれしいわ。 |
その頃はそんな事情など知らなかったから、ハルくんがいなくなってから2日ほどは、私たち、ハルくんのことを探していた。 どこかにお泊まりに行ったのかもしれないと思って、いつ帰ってくるんだろうとリビングのドアのところまで迎えに行ったりもしてみた。 当然ハルくんは帰ってくるわけはなく、「ハルくんはほんとのお家に行ったんだよ、もううちには帰ってこないんだよ」というかあしゃんの何度めかの説明で、諦めのいい私たちは「ふうん。そうなの。よくわからないけどつまらないね。でもしかたないね」と、とりあえず納得した。 私たちの生活はもとに戻ったようだったけど、微妙に違っていた。 ハルくんがいる間、リビングのドアがいつも閉められて、そこから先には行けないようになっていた。このドアの向こうには、かあしゃんの書斎と客間と人間のトイレ、それから玄関がある。まあ、私たちにはあまり用がないところだし、ハルくんが玄関のドアから出てしまわないように閉めてあるのかな、と思っていた。それに、かあしゃんの書斎はたくさんの機械と本と紙でいっぱいなので、ハルくんが遭難しちゃったら困るからかな、と。 書斎でお仕事するかあしゃんにだっこされてるのが大好きなノンちゃんには不満だったようだけど、「ハルくんが大きくなって心配なくなったら、きっとまた開けてくれるわよ」と、なぐさめてあげていた。 だから、ハルくんがほんとのお家に行ってしまったのだから、リビングのドアを閉めておく必要もなくなって、当然開けてもらえると思っていたのに、ハルくんがいなくなった後もドアは閉められたまんまだった。 おかしい。 それに、ノンちゃんやめるちゃんは気にしてなかったようだけど、ハルくんがいたときからおかしい、と思っていたことが私にはあった。 ごはんのとき、かあしゃんは私たちのごはんとハルくんのごはんのほかに、もっと大きなお皿にもごはんをたくさん入れて、私たちがごはんを食べている間にこっそり客間に運んでいたのに気づいたのだ。それから、それよりも更に大きなお皿にお水も。 これも、ハルくんがいなくなってからも続いていた。 その上、かあしゃんたら、時々フラッと客間に消えてしばらく出てこない。私たちがお昼寝してる間を狙って、そっとリビングから出て行くのだけど、私は知っていたんだから。 そのうち、「お姉ちゃん、かあたんのフリースってさ、最近なんか違うにおいがするよね。ハルくんのにおいかと思ったけど、違うんだなあ。だいたい、もうハルくんいないじゃない? あれ、なんだろうなあ。前にめるちゃんからもあのにおいがしたような気がするんだけど。ぼく、気になってしかたないんだよ」 ノンちゃんがそっと私に聞いてきた。 うん、私も気づいてたわよ。 そして、謎を解く鍵が客間にあることは間違いないと確信していた。 |
ある朝、いつもどおりにベランダ散歩に出た私は、一番端っこの客間の窓の方まで行ってみた。 客間の窓にはいつも白いレースのカーテンがかかっていて、中の様子は見えないのだけれど、その日は違っていた。 遠くからでも白いカーテンのこちら側、窓のさんの上に、黒いかたまりが見えたのだ。 (あの黒いかたまりこそ、私の知りたい謎の答えだわ。でも、私、ほんとに知りたいのかしら? かあしゃんや、とうしゃんまでも内緒にしてるなんて、知らない方がいいのかもしれないし...。ううん、でもやっぱり知るべきだ。こんな気持ちのままではいられない!) 私はそろそろと歩を進めた。 だんだんとその黒いかたまりの正体がわかりそうになった頃、『好奇心はねこをも殺す』という恐ろしい格言が頭をかすめたが、いや、好奇心を失ったときこそ第一の死を迎えるときだ、と勇気を鼓舞して進んだ。 そして、私が見たものは...。 なんと、私そっくりの、真っ黒で鼻と口元が白いねこだったのだ。 私がどれほど驚いたかご想像いただけるだろうか。 だって、ほんとに似ていたのだ。 あ、手が白いところまで一緒だ。 向こうも驚いたように動かず、じっと私を見ていた。 ものすごく長く感じられた一瞬の後、私はきびすを返して部屋に戻った。 「あれ、今日はもう入るの? 早かったね。怪しいものはなかったかな?」 いつものように、にこにことかあしゃんが私を部屋に入れてくれたけれど、私は頭の中で(かあしゃんったら白々しいわね。私見ちゃったのよ。あの、私そっくりな子を隠してるんでしょ)と思って黙っていた。 その後、静かにして、あの一瞬だけ見た子のことをゆっくり思い出してみたら、私とそっくりなようで、ずいぶん違っていたことに気づいた。 まず、あの子は、私よりずっと大きかった。たぶん、ノンちゃんと同じかそれより大きいくらい。 それから、あの子の毛皮はノンちゃんみたいに長くてフカフカしていた。 そうだ、全体的に見ると、私よりノンちゃんに似てたかもしれない。いや、でも、顔の感じは私の方が似てる。あ、そうだ、ノンちゃんが私の色や模様だったらそっくりだ。そうすると、かあしゃんが好きそうなタイプだよな、とは思った。 でも、あの子が今までうちに来た子たちと一番違うところは、大人の立派なねこだということだ。 それに、いつもすぐに「みんな、これが誰々ちゃんだよ、仲良くしてね」と紹介されるのに、どうしてあの子は隠してあるんだろう。1週間でほんとのお家に行っちゃったハルくんですらそうだったのに。 私は混乱していた。 |
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