ねこアパート

101号室

中村 たび

連載第71回 (April 15th, 2001)

次の日からハルくんはうちの子として元気に遊ぶようになった。
ごはんとトイレはケージの中で、という決まりになっていたけど、私たちのトイレにヨチヨチと入ってきて一人前に用を足したり、誰かのごはんをつまみ食いして「お姉ちゃんたちのごはんっておいしー!」って大騒ぎしたりした。
ハルくんが気に入ったのは、私も大好きな「たまでん」というフレッシュなレトルトのお魚だ。めるちゃんのときもそうだったんだけど、今までドライフードばかり食べていた子が食べると、価値観が変わるほどおいしいみたい。でも、これはおかずみたいなもので、ドライフードをちゃんと食べないとだめだよって言われる。私たちおとなはちゃんと両方食べるからいいけど、赤ちゃんはお魚だけでおなかがいっぱいになってしまって、栄養価の高い赤ちゃん用のドライフードを食べられなくなってしまうから、と、しばらくは禁じられているのだ。
それで、私たちが食べ残したお皿はハルくんがまだ登れないキッチンのカウンターの上に置かれることになった。
最初のうちはお風呂の蓋の上でも大丈夫だったのに、ハルくんったらがんばって登れるようになってしまったからだ。
キッチンカウンターには私も登れないから、小腹がすいたときにはかあしゃんに「ごはん食べたい」っておねだりしないとならない。
めるちゃんのときは、ずいぶん長いことお風呂の蓋の上でよかったのに、やっぱりハルくんは男の子だねえ、とかあしゃんは感心していた。

そんなふうに、いたずらっ子で元気なところはノンちゃんによく似てて、そのうち一緒に悪さをしてはピューッと走って逃げたりするようになった。
そう、ノンちゃんは思ったとおり一番最初にハルくんと一緒に遊ぶようになったのだ。

赤ちゃんがいると、家の中はとても活気づく。なにしろ生命力のかたまりだ。ハルくんもノンちゃんやめるちゃんが赤ちゃんのときと同じく、いろんなものを見つけては遊んでいて、見ていて飽きない。
ハルくんは毎日行動範囲を広げていって、どんどん高いところにも登れるようになっていった。そして、ねこアスレチックの一番高いところまでもピョンピョン登れるようになった。ノンちゃんとめるちゃんとハルくんが、それぞれ同じねこアスレチックの上のいろんな場所に座っていると、かあしゃんは「わあ、ねこが鈴生りだ!」と大喜びしてた。

喜んだのはかあしゃんだけではなかった。ハルくんは、かあしゃんのだっこも好きだったけど、とうしゃんにだっこしてもらうのが一番好きで、夜、とうしゃんが帰ってくると、必ずとうしゃんによじ登っていって、ゴロゴロ言いながら眠ってしまう。これがとうしゃんをいたく喜ばせた。とうしゃんは、ハルくんをおこさないように、後でからだがパリパリになってしまうほど同じ姿勢でだっこをし続けて、それでもうれしくて仕方ないと言っていた。

私もノンちゃんもめるちゃんも、とうしゃんが大好きだけど、一番好きなのはやっぱりかあしゃんで、とうしゃんはそれがちょっと残念だといつも言っている。
とうしゃんは「今度こそ『お父さんが一番好き!』って言ってくれる子が欲しい」という野望を持っていて、そのためには何匹でもねこを連れてくるつもりでいることを私は知っている。
実は、そういう子が、ちょっと前にいたらしいのだ。そういう子って、「お父さんが一番好き!」って大声で言う子。

その子は、とうしゃんの会社の工場のすみっこに捨てられていた子ねこだった。

連載第72回 (May 1st, 2001)

ある日の午後、とうしゃんから家に電話がかかってきた。

「子ねこを拾ったら、まず病院で検査するんだよね?」
「うん、そうだよ。いきなり何?」
「で、何を調べてもらえばいいの?」
「お腹に虫がいないかと、エイズや白血病の検査だけど、なんで? 誰かが子ねこを拾ったの?」
「うん、実は工場の倉庫のところに子ねこがいるらしいっていうから、作業をやめさせて1時間くらいかけて保護したところなんだ」
「じゃあ、あなたが拾ったの?」
「うん、まあそういうこと。たぶん2ヶ月くらいだと思うよ。アビシニアンそっくりな男の子なんだよ」
「わあ、可愛いね」
「うん、すごく可愛いよ。でも、すぐには家に連れて帰れないだろう?」
「そうだねえ...」

そうなのだ。外で拾った子ねこは、もしかしたらいろんな病気を持ってるかもしれないから、かわいそうだけど簡単にお家に入れることができない。特に、歳をとっている私に病気が移ったら大変だ、ととうしゃんたちは考えているので、外で野良ねこと遊んだときにも、家に帰ったら一番に着替えて手を洗う。
蚤やお腹の虫はなんとかなるけど、伝染病だったら我が家の構造では隔離して暮らすことはとっても難しい。だから、この子も大丈夫だってわかるまでは家に連れてこられないと二人で話していたのだ。

「とにかく、まず病院へ行こうと思うんだけど、先生に電話しといてくれる?」
「わかった。じゃあ、私も一緒に行くね。それから、赤ちゃん用のごはんも用意しておくね」

それで、かあしゃんは慌てていつも行く病院の先生に電話で予約して、小さなココット皿を2つと、家にあった赤ちゃん用のドライフードを袋に入れて出て行った。

ここから先は後からかあしゃんに聞いた話だ。

とうしゃんの会社は家から近いので、すぐに帰って来て、かあしゃんと一緒に病院へ向かった。車の中には段ボールの箱があって、中には元気な男の子が目をキラキラさせて入っていた。
本当にアビシニアンそっくりの子で、とても人なつっこい。それに、全然汚れてもいないし、蚤もいないみたいだから、もしかしたら迷子かもしれない、それも迷子になってすぐに見つけたのかもしれない、ということになった。
病院での検査もひとまずは大丈夫ということだったけれど、あまりに小さいので伝染病の検査はまだ意味がなく、やっぱりしばらくは私たちとは一緒にできないという結論に達した。
それで、会社の人で他にねこを飼っていない人で、アビくん(そう呼ばれてたそうだ)をお世話してくれる人がいないか聞いてみる、ととうしゃんんは言った。それと同時に近所にはり紙をして、元の飼い主を探すことになった。こんなに可愛い子だから、きっと飼い主が探してるよね、と二人は考えたのだ。

アビくんを保護して病院へ検査に行くために、仕事を全部放っぽらかしていたとうしゃんは、かあしゃんから預かったごはん一式を持って、またアビくんを連れて急いで会社に戻って行った。

連載第73回 (May 15th, 2001)

とうしゃんは家に帰るなり玄関で洋服を全部着替えて(かあしゃんがそれを洗濯機につっこんで)から私たちのところに来るようになった。せっかくかわいそうなアビくんを家に入れていないのに、人間の不注意で「もしものこと」が万に一つもあってはいけない、という理由からだった。

残念ながら、アビくんをすぐに引き取れる人は見つからず、探している人も出てこなかった。
じゃあ、アビくんはどこにいたかって?
とうしゃんの会社の事務所にいたのだ。

アビくんを保護した日、病院からかあしゃんを家まで送り届けると、とうしゃんはその足で近くのペットショップに行って、ケージを一つ買って会社で組み立てた。ちょうど秋で気候もよく、夜の間アビくんを事務所にひとりっきりでおいていても大丈夫そうだから、アビくん用のお部屋にして、それに仕事中忙しいときはこれに入れておこうと考えたのだそうだ。
ごはん皿やごはんはかあしゃんが最初に用意したもので、トイレは家にあった、私が昔使っていた小さなものをあげた。

こうやってアビくんは数日間とうしゃんがお世話していた。朝はいつもより早く会社に行くし、帰りはいつもよりちょっぴり遅くなった。
毎日とうしゃんが帰ってくると、かあしゃんは「アビくん、元気? 寂しがってない?」と聞く。会社にお泊まりした最初の朝は、とうしゃんの顔を見るなりミャオミャオないたそうだけれど、次の日からは『朝になったらとうしゃんが来てお世話したり遊んだりしてくれる』ってわかって、とうしゃんがケージから出すと大喜びでごはんを食べてとうしゃんのデスクでころがったり、肩に乗っかってスリスリしたり、それはもう可愛いんだよ、と言っていた。
こういうのが確か3日くらい続いてからだと思う。
明日は週末で、休みの間どうしよう、二人で会社に行けばいいね、なんて朝ごはんのとき話していた金曜日、会社から帰ってきたとうしゃんは「アビ、もらわれてったよ」とかあしゃんに報告した。
安心したけどちょっぴり寂しい、そんな感じだった。

アビくんの新しいお父さんになってくれたのは、とうしゃんの会社の人で、やっぱりねこが好きで、家よりもっと田舎の方の大きな古いお家に住んでいる人だった。
すでに1匹女の子がいて、その子が少し前に赤ちゃんを産んだけど、みんな近所の人にもらわれていって寂しくなったから、奥さんにアビくんの話をしたら、是非家に連れてきてって言われたんだそうだ。
「それに、たぶんこのままじゃオレが仕事しなくて書類が滞っちゃって困るからじゃない?」というのがとうしゃんの見解だった。


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