ねこアパート

101号室

中村 たび

連載第68回 (March 1st, 2001)

今朝テレビで見たんだけど、とてもとても長生きしていたおばあさんが亡くなってしまったんですってね。亡くなったのは残念でお気の毒だけれど、100年以上生きていたなんて、人間って長生きなんだなあ、と改めて驚いた。
ねこの寿命もずいぶん長くなってきてはいるのだそうだけど、とてもそんなに長くは生きられない。

私はもうすぐ15歳。ねことしては、もうおばあちゃんの領域だ。かあしゃんは、タイミング的には遅いけど、きりがいいから「かんれき」のお祝をすると言っている。どんなお祝かな?
それから、近いうちにまた「ねこドック」に入ろうね、とも。
でも、ねこ雑誌に出ている「長寿番付」には、私よりずっとずっと年上のねこたちが名前を列ねているし、かあしゃんが考えるほど私は年寄りじゃないんだけどな。

かあしゃんたちが「たびはおばあちゃんだから、特に健康には気をつけないといけない」とこのところよく言うのにはわけがある。

この前の夏、予防注射をうってもらったときに、先生から「歯石が少しついてますね。爪で剥がしちゃってください」と言われて、かあしゃんたちは改めて私の老化について考え始めたようだった。

さらに、最近もう一つ顕著なのは、私の爪研ぎのこと。
以前と同じようにバリバリ絨毯で爪を研いでも、力が足りないのか爪が充分剥がれなくて、フローリングの床をあるくとチャカチャカと音をたててしまうのだ。
爪を切ってもらった後はいいのだけれど、また伸びてくると音がする。
ねことしては致命的なことで、これには私も少なからずショックを受けている。

それに、この間おばあちゃんからショックな話を聞いたのだそうだ。
おばあちゃんのお友だちのお家に「漱石」と「さくら」という、私より少し年下のねこたちがいるのだが、その「漱石」が怪我をしてしまったというのだ。
それも、今まで簡単に跳び移っていたテーブルに着地しそこなっての骨折なのだという。

「漱石も歳を取ったんだなあって改めて思ったんだって。たびは大丈夫?」
おばあちゃんにそう心配されて
「たびは元気なおばあちゃんだから大丈夫だよ。だいたい、とても慎重だから」
かあしゃんは笑って答えたけど、後でとうしゃんに心配そうにその話をしていた。
すると、とうしゃんも「だって、たびは元気だし、慎重だよー」とのんきそうに同じ答を返して、かあしゃんを笑わせたが、これにはまだ続きがあった。

連載第69回 (March 15th, 2001)

「たびはね、どこに登るにも、まず立ち上がって手をかけて、自分が上がれるかどうか慎重に判断してから登るよ。それに、高いところからいきなり飛び下りようなんて絶対しない。賢い子だから平気だよ」

とうしゃん、そんなとこまで見てたの? 私はちょっと驚いて、恥ずかしくなったりうれしくなったりした。
そう、私はどこかに登るとき、必ず大丈夫かどうか調べてからにしている。お風呂の蓋の上に登るときも、椅子やベッドに上がるときも、必ず。
もちろん、昨日登ったお風呂や椅子の高さが今日突然変わるわけではないけれど、もしかしたら昨日の私と今日の私では違うかもしれない。だから、登ろうとするたびに立ち上がって手をかけて、ああ、この高さなら今日の私はちゃんと飛び上がれるな、って確認をするのだ。

こういう習慣がついたのは、私自身がジャンプ力の衰えを実感してからだったけれど、それ以前から思うところはあった。
ノンちゃんがやってきて、私とのジャンプ力の違いに驚いたのだ。
彼はうんと高いところにでも平気でどんどん登る。あまり高いところに登るので、かあしゃんたちがノンちゃん用にと背の高い「キャットファニチャー」というアスレチックのようなものを買ってきたくらいだ。
ノンちゃんは、これが来た時からよろこんでピョンピョン一番上まで飛び乗って遊んでたけれど、私にはちょっと勇気が出なかった。だって、一番上なんて、2メートルくらいもあるのよ。
そりゃ、今も木登りや柱登りはたまにしたりする。でも、子供の頃にうんと高いところまで登って降りられなくなった、あのできごとが心のなかに小さなとげのようにひっかかっていて、かあしゃんの背の高さを超すと不安になってしまうのだ。こういうのを「とらうま」と言うんだそうだ。漢字で書くと「虎馬」かな?つまり、虎や馬みたいに恐いってことよね。

でも、私が圧倒されたすごいジャンプ力は、ノンちゃんだけでなくてめるちゃんもそうだから、ねこの種類の違いがあるのかもしれないって思う。私に流れている(はずの)お嬢様ねこだったお母さんの血じゃないかな。実際、高いところに登るのがあまり得意でない種類のねこたちもいるそうだから。

私が「歳とったかな」と思うのは、なにもそういう肉体的な面だけではなく、精神的な面もある。
なんというか、こう、ねこが丸くなったというか、心が広くなっったって気がするのだ。
ノンちゃんが来た時にはあれほど激しく怒りに燃えたのに、めるちゃんが来た時には「小さくて可愛いなあ」と思って平気だったのは、慣れたというだけでなく、ねことして円熟味を増したということではないだろうか。
そして、それを裏付けるようなできごとがあった。
うちにまた赤ちゃんねこがやってきたのだ。

連載第70回 (April 1st, 2001)

雪が降る寒い日に、その子はやってきた。
ときどき家に遊びにくる、ねこの匂いがいっぱいついた女の人が連れて来たのだ。このお姉さんはかあしゃんのおともだちで、前にも子ねこたちを連れて来たことがあったけど、その時はその日のうちに子ねこを連れて帰ってしまったから、今度もまた一緒に連れて帰るのかなあと思っていたんだけど、しばらくかあしゃんやめるちゃんと遊んだ後、子ねこを置いて行ってしまった。

「みんな、この子は『ハルキくん』っていうんだよ。仲良くしてね」かあしゃんがその子を私たちに紹介した。
ハルくんはノンちゃんみたいな感じの白とグレーの男の子で、ノンちゃんが来た時よりは小さくて、めるちゃんが来た時よりは大きい感じだった。
とっても元気で物おじしなくて、生きてること自体が楽しくてしかたないという様子は二人とおんなじ。子ねこってみんなそうなのかしらね、と思った。

その日はみんなで遠巻きにかあしゃんやとうしゃんと遊ぶハルくんを眺めているだけだったけど、夜になってケージがかあしゃんたちの寝室に置かれてハルくんもそこで眠ることがわかったとき、ノンちゃんが文句を言った。
「なんであそこで眠るんだよ」
「そうだよね、私は北の部屋で一人で眠ったよ」
めるちゃんも異義を唱えた。
「あれはずるいよね!」
「ねー!」
めるちゃんが来た時、あれほど怒ったノンちゃんだったのに、今は仲良しになってすっかり忘れてしまっていて、一緒になって怒っている様子がおかしかった。

めるちゃんには初めての体験だから、まあ、赤ちゃんが来て怒るのはしかたないけど、ノンちゃんは2度めの体験でしょう?もうそろそろ慣れなさいよ、とたしなめたら、黙ってスネて向こうに行ってしまった。
まったく、ノンちゃんはいつまでたっても赤ちゃんみたいだ。
すると、ハルくんがケージの中から叫んだ。
「ボク、ここから出て、おにいたんやおねえたんといっしょにあちょぶよー!」
「ま、何言ってるの?赤ちゃんのくせに!私たちと遊ぼうなんて10年早いわよ」
めるちゃんが怒ったらかあしゃんがやってきて言った。
「みんな、何怒ってるの?今夜は寒いし、ハルくんは赤ちゃんだからこの中でねんねするの!さあ、みんなもねんねなさい。小さな子をいじめるのはよくないよ」

その夜、ぐっすり眠るハルくんのケージをノンちゃんとめるちゃんは時々見回りに行っていた。私もこっそり眺めに行って、ハルくんの赤ちゃんごはんを手で取り出して、ちょっと味見したりしちゃった。そして「だいじょうぶだよ、すぐに仲良くなれるから。ノンちゃんは忘れっぽいからすぐに機嫌をなおして遊ぶようになるし、めるちゃんはあれで物わかりのいい子だからね」とそっと声をかけた。小さなハルくんは、そんな私たちの思惑など知らずよく眠っていたけれど。


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