ねこアパート

101号室

中村 たび

連載第65回 (January 15th, 2001)

ねこの食べ物に関しては、間違った知識がたくさん流布してるんですってね。
最近は情報もたっぷりあるから、みんな詳しいみたいだけど。

私が来た頃、かあしゃんはたくさん本を読んで勉強して、「結局ねこ用のドライフードと缶詰が一番いいらしい」という結論に達したようだった。
だから最初の頃は、朝と夜は缶詰で、おやつ用にドライフードが置いてある、という、ねことしては定番のごはんを食べていたのだ。けれど。

前にお話した、入院の後、私は缶詰を食べるのがすごーく嫌になってしまったので、出されたごはんも全く食べないというハンストを決行した。
かあしゃんは困り果てて、いろんな缶詰を試した。唯一食べてもいいかなーって気分になったのは、レトルトになってるやつ。でも、これは当時かなり高かったし、お店にもそうそう置いてなかったので、確保するのが大変だったんだって。
それに、そのうちそれも嫌になってしまった。
その頃、かあしゃんは私を鍵ねこにしてて、そのことで負い目を感じてたせいか、今よりずーっと甘かったような気がする。私のわがままも、今よりいっぱい聞いてくれたと思う。

実は、その少し前に、私はすごーく美味しいものを見つけていた。それは「おかか」。
お友だちの結婚式から帰ってきたかあしゃんは、「ひきでもの」というお土産の中におかかがあるのを見つけて、「ねこっておかかが好きなんだよね」と私に味見させてくれたのだが、これが実に美味しかったのだ。後になって知ったのだが、「ひきでもの」の中のおかかは、とても上質で美味しいと決まっているらしい。私は最初っから上物のおかかを食べた幸運なねこと言えるわけだ。

おかかをかければ私がごはんを食べることに気づいたかあしゃんは、やむなく毎食おかかをくれるようになった。でも、あまりにもおかかの消費が激しいため、そのうち「ひきでもの」のようなものではなく、大きめの袋に入ったもの(我が家では「並」と呼ばれている)に変わったけれど。

そして、それからほどなくして、私は次の「美味しいもの」に出会うことになる。

連載第66回 (February 1st, 2001)

それは、かまぼこ。
最初は「かにかま」というもので、かあしゃんたちのサラダに入ることになってたものをちょっぴりもらったのが始まりだった。
ほのかなお魚の味といい、むっちりした歯ごたえといい、私の好みにぴったり! これだあ!!!!って感じだった。

それからというもの、私はかまぼこしか食べないという決意を固め、実行した。
かあしゃんは、かまぼこの塩分や添加物を気にして、とにかくやめさせようとしたけれど無駄だった。
「たびは、かま中(かまぼこ中毒)だ」と暗い目をしてつぶやきながら、とにかく他のものを受け付けない私に小さく切ったかまぼこと、トッピングのおかかをくれ続けた。
かまぼこがきれると私が極端に不機嫌になるため、我が家の冷蔵庫には常にかまぼこが置いてあり、『たびかま少ないよ!』なんていう警告シールまで作られていた。
年末には、店先のかまぼこがみんなお正月仕様になって高騰するため、絶妙なタイミングで買いだめしないとならない。更に私の好みはよりうるさくなり、あるブランドのものでないと嫌だとまで思うようになっていった。
かま中の私を更正させようという努力は度々なされていたけれど、まず無理だと思われた。

それが、あるごはんとの出合いで簡単に治ってしまったのだから驚きだ。
ノンちゃんが来て、当然ながら彼はふつうのねこ缶とドライフードを食べていたんだけど、人が食べてると美味しそうで、時々そっとつまみ食いしたりしてしまっていた。そういうもんじゃない?
食べてみると、いろんな意味で「それほどじゃない」って気がした。つまり、それほど嫌うほどのこともないし、ものすごく食べたいわけじゃないっていうこと。
ところが、ある日つまみ食いしたノンちゃんのごはんは美味しかったのでびっくりした。

ノンちゃんは見かけによらずデリケートで、脂っこいものやゼラチン質のものを食べるとお腹がゆるくなってしまうという傾向があって、かあしゃんはノンちゃんのお腹に合ったごはんを探すのに苦労していたのだが、ノンちゃんの実家から教えてもらったそのごはんは彼のお腹にぴったりで、更に私の舌をも満足させるものだった。
「たまの伝説」というへんてこな名前だけど、フレッシュなお魚!って感じでおいしくて、いつの間にか私もこれを食べるようになった。そう言えば、昔ちょっとの間私が気に入っていたレトルトのものと感じが似てるかもしれない。

そのうち、私のごはんもノンちゃんと同じように「たまの伝説」とドライフードに落ち着いて、おかかのトッピングもいらなくなってしまった。

そうやって「かま中」が治り、「正しいねこのごはん」に切り替えられてから数年したところで、私の体重は適正体重まで落ち、身軽になって悪いところもなくなってしまった。これには私自身もびっくりした。
かあしゃんは「永年のかま中でたまった体に悪いものが、ここ数年で出尽くして健康体になったんだろう」と喜んでいる。
長生きしたかったら、偏食はよくないっていうことなんだろう、やっぱり。認めるのは不愉快だけど。

連載第67回 (February 15th, 2001)

私は躾の行き届いたまじめなねこなので、ごはんのことで文句を言うことはあっても、人が食べているものを欲しがったり、ましてやつまみ食いすることなど全くなかった。
それは、テーブルに上がることや、見知らぬ人のにおいを嗅ぎに行くのと同じくらい不作法なことだと生まれつき心得ていたように思う。
だから、かあしゃんたちのごはんを欲しがることなど考えつかなかったし、ときどき「これ、食べてみる?」なんて聞かれても、その場でもらうことなどなかった。
ごはんは自分のお皿から食べるものだ。

私の古風な考え方を知ったかあしゃんは、時折私が好みそうな食べ物があるときには少しだけ私のお皿に取り分けてくれたが、私の口に合うものはなかなかなかった。

ねこといえば「お刺身」と思うだろうが、私は生臭いものはどうも苦手だ。かあしゃん自身が赤身のお魚が好きでないせいもあって、我が家の食卓に登るのはさっぱりした白身のお魚がほとんどなのだが、あの生臭いにおいが口に残るような気がして食べたくない。
かあしゃんたちからエクストラとして貰って美味しいと思うのは、蒸した鶏のささ身くらいだろうか。
あとは海苔と蒸し羊羹がいいかな、と思った程度だ。
(余談だが、ねこには海苔とあんこ好きが多い。海苔はともかくとして、どうしてあんこなんだろう? 外国に住んでるねこたちも食べてみたら好きになるんだろうか? もし機会があれば是非調査してみたいものだ)

ノンちゃんとめるちゃんがもたらした私の食生活の変化は、普段のごはんに留まらなかった。
2人とも「味見のおねだりだーいすき」だったからだ。

かあしゃんは相変わらず私たちの健康管理にはうるさいが、二人の激しく可愛げなおねだり攻撃には弱く、「じゃ、ちょっとだけね」とほんのちょっぴり味見をさせたりするようになった。私に甘いとうしゃんは、やっぱり輪をかけてダメで、すぐにデレーンとした顔になってあげてしまい、しばしばかあしゃんにストップをかけられてしまう。
味見には一応のルールがあるようで、味の濃いものや脂っこいものはだめだし、量もほんのちょっとに限られている。まあ、もともと我が家の食卓には、人間用のお料理でさえ驚く程の薄味のものしか登らないのだけど。

それで、別にまねをしたわけでもないのだが、私もときどき興味深い食べ物があるときには味見をしてみるようになった。
おかしなもので、「たびは自分のお皿からしか食べない子なのよ。誰かから貰ったものなんて食べないの」と私のお行儀のよさを自慢にしていたかあしゃんが、ニコニコしながら味見をさせてくれる。
新しく私が好きになった食べ物は、ノンちゃんもめるちゃんも大好きな、チーズとかあしゃんの焼いたシフォンケーキ。時には3人でかあしゃんを囲んで座って、かわりばんこに味見をさせてもらう。順番を待たなければならないのに、不思議とこれが楽しい。そして、心の中で(ああ、下の子たちって最初から気楽なんだなあ、長女って大変なんだ)と改めて思ったりするのだ。


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