ねこアパート

101号室

中村 たび

連載第59回 (October 15th, 2000)

それからは週末もどこにも行かない、つまんない日々が半年ほども続いただろうか。
私は相変わらずいろいろと考えて胸を痛めていたけれど、うちの様子は、山の家に行かない以外は不思議なくらい変わりなかった。
そして、そのうち、私自身もそういうことを忘れ始めていた頃、突然とうしゃんが「たび、山の家に行くよ」と言ったのだ。

え? だって、あのお家、なくなってしまったんじゃなかったの?

私はたいそう驚いたけれど、もしお家があって、また遊びに行けるならこれほどうれしいことはない。いったいこの半年の間、何があったのだろうといぶかしがりながらも、素直に車に乗った。

夜のドライブは久しぶりだった。
私、ドライブって大好き。初めて車に乗ったときには、とてもドキドキして手に汗をいっぱいかいたし、かあしゃんにだっこしてもらったりしたけど、慣れたらとても面白いのだ。まわりの景色がくるくる回るのも楽しいし、ふわふわした感じの揺れ方も心地いい。
夜のドライブはたくさんのあかりがきれいだ。
その日は特にわくわくした。

高速道路を降りてしばらくすると、ぐねぐねと曲がりくねった山道にさしかかる。この頃になると空気の匂いが変わって、『もうすぐ山のお家だよ』って教えてくれる。空が冴えざえとして、満天の星が、たくさんの背の高い木々の間から見える。私はもう我慢ができない。
「とうしゃん、車を止めて、ここで降りてみようよ。かあしゃん、一緒にお散歩しようよ」
私はたくさん話し掛けるけれど、「だめ、こんなところで降りたら、たび、迷子になって死んでしまうよ。もうすぐお家に着くから静かにしててね。でも、着いても今夜は外に出られないよ。夜だからね。明日の朝になったらお散歩しようね」ときっぱり言われてしまう。いつも通りだ。

ああ、いつも通りだ!前と同じだ!

私はうれしくてたまらない。

前と同じように、牧場のそば、湖のそばと通り抜け、最後のぐねぐね道を過ぎてお家に着いた。
同じ場所だ。
でも、なんだか様子が違う。かあしゃんにだっこされて車を降りたけど、前の家と違うのだ。ドアを開けてかあしゃんが言った。
「たび、新しいお家だよ。きれいになったんだよ」

連載第60回 (November 1st, 2000)

私はたいそうびっくりしたけれど、家に入って行った。
続いて、とうしゃんにだっこされてノンちゃんも入って来た。
私たちは二人して、お家の中を探検して回った。

新しいお家は、前のお家よりずっと広かったので、調べるところもどっさりあって、私たちは興奮してしまった。私たちの大好きな階段も増えてたし、走れるような場所もたっぷりあった。新しい匂いでいっぱいだったけど、家具は見なれた、私たちの匂いがついたものだったので、不安になることもなかった。

「お姉ちゃん、トイレ、こんなとこにあるよ!」ノンちゃんが一番下の部屋から声をかけてきた。
えっ、どこどこ?と走って行ってみると、半分地面に埋まったお部屋の奥の方に、トイレが並んで置いてあった。ひんやりした暗いお部屋だ。うん、ここなら静かに用が足せるわ。前のお家でいやなところって、トイレがリビングの端っこにあって誰かに見られてる感じが落ち着かなかったとこだったので、とてもうれしかった。私たちはそれぞれ早速トイレを使って満足した。
それから、いくつかのドアに、小さな窓みたいなドアがついていた。
「あのね、これはきみたち専用のドアだから、ここを頭で押して出入りしてね」そう言われたけど、ドアなんて「開けて」って言えば開けてもらえるんだもん、頭つきして小さなドアから出入りするなんていやだわ、って思っちゃった。ノンちゃんも「どうしてー?開けてくれればいいじゃない?」って言ってるし。結局、冬の寒い間だけ、小さなドアだけが開けっ放しにされることになって、私たちはそこから出入りするようになるんだけど。あれはねこドアっていうんですってね。私たちは「ねこあな」って呼んでるわ、今のところ。

小さい寝室があって、これまた小さいベッドが二つ並んでるお部屋が2階にあった。天井が低くて落ち着くので、ノンちゃんと二人、ここを私たちの部屋と決めた。どうもお客さまのためのお部屋だったらしいんだけど、私たち専用のお部屋が一つくらいあったっていいじゃない?

次の朝になったら、もっとうれしいことがわかった。
南東の窓のところが、「出窓」のようになっていて、ここにピョンッと乗れば暖かく、うとうとしたり鳥を見たりすることができるのだ。
外は前とあまり変わってなかった。ただ一つ、つまんないな、と思ったのは、低くて狭い縁の下がなくなっちゃったこと。ベランダの位置も高くなってて、私は「あぶないから」と飛び下りるのを禁止されてしまった。これは、私が縁の下にもぐり込んで出てこないのを防ぐためだって言われちゃった。それが面白かったのにな。

かあしゃんがちゃんと説明してくれたところによると、お家はとても古くて、しかも夏用に造られていて冬寒かったので、いずれ新しくしようとは思っていたのだそうだ。いつになるかは全然わからなかったし、具体的に考えていたわけではなかったけど、「たびが元気なうちにきれいにしたいね」とだけは思っていたんだそうだ。そして、ある日突然とうしゃんが「建て替えちゃおうか」と言い出して、あれよあれよという間に話が進んだのだそうだ。ありそうな話だなあ、と妙に納得してしまった。とうしゃんって、そういうところがあるから。
そして、ノンちゃんと二人、車の中で心配したあの日の次の日に、懐かしいお家は壊されてしまい、少し木が切られ、新しいお家が建ったというわけだった。

なんだ、それならそうと話してくれればよかったのに。私、心配したんだよ。

そう抗議の声をあげると、「だって、たびをびっくりさせたかったんだよ。たびが一番ここが大好きだから、たびのためにがんばって早くきれいなお家にしたんだよ」ってとうしゃんとかあしゃんから言われたので、私、不覚にもちょっと涙が出そうになっちゃった。でも、やっぱり心配して損しちゃったわ。

連載第61回 (November 15th, 2000)

それからは毎週のように新しくなった山のお家にでかけた。

季節は春、テラスに新しく取り付けられたりすと鳥のためのごはん場には、驚くほどの数と種類の鳥たちがやってきて、それはにぎやかだ。半年ぶりにごはんが置かれたので、みんな大喜びで大騒ぎ。どっさりごはんをあげても、すぐになくなってしまうくらい。
ノンちゃんはそんな鳥をいつか捕まえてやろうと狙ってるけど、無理無理。私も何度か試したけど、あとちょっとのところで飛んで行ってしまって、かえってストレスがたまるから、もう狙うのはやめたの。今はバードウォッチングを楽しんでいる。

みんなで家の周りをお散歩したり、暖かい光の中でお昼寝したり、半分物置きになってる地下室を探検したりするのはいつもとても楽しい。
この頃になると、ノンちゃんも山のお家の特別な楽しさがよくわかるようになって、日曜の夜にお家に帰るときには私以上に文句を言うようになった。
車の中で二人そろって「いやだあ、帰らないい、ここにいようよう」って泣いちゃうの。いくら泣いても戻ってもらえたことなんて一度もないんだけど、窓から山や木が見える間は止められない気持ち。わかってもらえるかしら。

そんな風にのどかな春が続いていたんだけど、夏が近づく頃からまたかあしゃんたちに怪しい動きが見られるようになった。
ずっとしまってあったノンちゃん用のケージが組み立てられ、新しいごはん皿とトイレが用意された。ノンちゃんが立て掛けられた新品のトイレを見つけて「あれー、このおトイレ、お砂が入ってないよ。ぼく、早速使ってみたいんだけど」ってかあしゃんに言ったら「だめだめ、それは赤ちゃんのなんだよ」という返事。
「赤ちゃん? ぼく、もう赤ちゃんじゃないよ」ノンちゃんはトンチンカンにちょっと気を悪くしただけで、それ以上のことはわかってないみたいだった。当然私にはわかったけど。

かあしゃんったら、また誰か赤ちゃんねこを連れてくる気だな。
前から赤ちゃんねこの写真を見るたびに「この子可愛い、この子欲しい」って言ってたけど、とうとうほんとにそうする気になったんだな。まったく。

私はもうノンちゃんで慣れちゃったからいいけど、甘えん坊のノンちゃん、どんな風に思うだろう? それに、どんな子が来るのかな。
ノンちゃんには何も言わないことにした私は、心密かにドキドキしていた。


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