|
|
|||||||
それからは平穏で何もない日々が続いたのだけど、一昨年、98年の秋のはじめにちょっとした、いや、私にとってはかなり大きな事件があった。 その週末は、私が大好きで、ノンちゃんも大好きになった山の家にいたのだが、いつもとは違ってどうも落ち着かなかった。 その数カ月前から、家の中のものが少しずつ整理されていて、持って帰ってきたり捨てられたりしていた。山のお家はとても古かったので、使われずに置いてあったものもどっさりあって、見たこともないようなものが出てきたり、けっこう面白かったのだが、実はこれだけでもかなり変なことではあった。何しろかあしゃんは大の掃除ぎらい・整理整頓苦手なわけだし。 (さすがのかあしゃんも、もっときれいにしようって思って心をいれかえたのかしら)とも思ったが、今ひとつ納得できない気持ちもあった。だって、そんなこと、とてもありそうもなかったから。 その日はお天気もよくて、私は朝の散歩を済ませ、ノンちゃんとごはんを食べてのんびりしていた。すると、何台かの車が家の前に止まり、大勢の男の人たちがどやどやとやってきたのだ。 驚く私とノンちゃんはかあしゃんたちにつかまえられ、家の車に入れられてしまった。 「かあしゃん、もう帰るの? でも、荷物も積んでないよ。それに、あの車と大きな人たちは誰?」矢継ぎ早の私たちの質問や抗議に、かあしゃんは「少しの間だけ、ここで待っててね」とだけ言い残して、家の中へ帰ってしまった。 私たちは尋常ならざるこの扱いに驚き戸惑い、車の中の指定席であるベッドには入らず、座席の下に隠れることにした。 「ねえ、お姉ちゃん、あの人たちも連れて帰るのかな?」 「何ばかなこと言ってるの、あんな大きな人たち、マンションで飼えるわけないじゃない」 「そうだよね、かあしゃんより大きいもんね。だっこも無理だもんね。よかった」 「よくないわよ。とにかく、ノンちゃん、何がどうなってるのか見てくれない?」 「えー、ぼくが?」 「そうよ」 「ちぇ」 私に促されて恐る恐る窓の外を覗いたノンちゃんが、信じられないことを言った。 「みんなでお家のものをどんどん運び出してるよ!」 |
お引っ越しだ! 私は何度かしたことがあるからすぐにピンときた。 そう言えばお引っ越しの前って、荷物をまとめたり捨てたりするもんだった。 でも、どうして? マンションの方からこっちのお家に引っ越すならわかるけど、ここから引っ越すところなんてないじゃないの。 それより、ここをお引っ越ししちゃったら、もう遊びに来られないんだ。うそ。かあしゃんたち、そんなこと一言も言わなかった。ひどい。 私がそんなことを頭の中でぐるぐる考えている間、ノンちゃんは不思議そうに、そしていつになく不安そうに外を覗いていた。 「お姉ちゃん、お家のもの、あの人たちにあげちゃうの? あ、あああ、ぼくの好きな椅子も持ってっちゃう〜。どうして?」 「ノンちゃん、それはちょっと違うと思うわ」 「そうなの?じゃあ、どういうこと?」 「...。私にもよくわからない」 「お姉ちゃん!」 それから、私たちはそれぞれ不安な面もちで黙りこくったまま、座席の下に座っていた。 しばらくたつと、かあしゃんが覗きにやってきた。 「たびちゃん、ノンちゃん、大丈夫? もうすぐだからね。待っててね」 ニコニコしている。 私たちは座席の下から出てきて、一斉に疑問を口にしたが、「はいはい、ごめんね、いい子たちだね」と頭を撫でられて終わってしまった。 不安な時間はずいぶん長く続いた。実際には数時間というところだったろう。途中何回かかあしゃんととうしゃんが交互にやってきては、私たちを撫でて声をかけて行った。 もう、そんなことじゃいい加減騙されないぞ、という気持ちになった頃、大きな人たちと家の荷物を積んだトラックが出ていき、かあしゃんととうしゃんが私たちを迎えに来てくれた。 家に帰ってみると、家の中はほとんど空っぽで、残っていたのは古い冷蔵庫とボロボロのお布団くらいのものだった。かあしゃんたちは、紙コップでお茶を飲んでおり、私たちにもお水とごはんが出されたが、これはいつもの入れ物に入っていて、少しほっとした。 ノンちゃんはお家に入れたことと、なんだかいつもと違うので面白くてはしゃいで探検していたけど、私は嫌な気持ちを拭いされなかった。 秋のはじめとはいえ、この山の家あたりはかなり涼しく、何もない家の中ではそれがいっそうひどいように思えた。 |
驚いたことに、かあしゃんたちはこのなーんにもない家で、ボロボロのお布団に眠ってお泊まりすることにしていたらしかった。 この家はもうできてからずいぶんたって古くなっていたし、夏用の家として建てられたものだったので、よけいに寂しい感じする。それに、捨てることになっているはずの古いものたちが、部屋のすみに積まれて残されている。私の好きなお家じゃないみたいで、落ち着かなかった。 夜のとばりが降り始める頃、同じように寂しくて落ち着かない気持ちになったかあしゃんたちは、「お布団もカビくさいし、やっぱり帰ろうか」と言い出し、結局帰ることになった。正直ホッとした。 帰りの車の中で、遊び疲れたノンちゃんは眠っていたけど、私はいろいろ考えて眠れなかった。お引っ越しだと思ったけど、お引っ越しのときには、いつも最後にはちゃんと片付けてきれいにして出ってってたはずだし、すぐに新しいお部屋に移ったり、もっと忙しかったはずだ。でも、今、とうしゃんとかあしゃんはいつも通りの道をいつもと変わらない雰囲気でのんびり走っている。実際、数時間後にはマンションのお部屋に帰りついた。 そして、それからはもう山の家に行くこともなくなってしまった。数週間行かないことは以前にもあったので、気にしないよう努めていたのだけれど、全くそのそぶりさえなくなってしまったのだ。何度か「ねえ、山の家に行かないの?行こうよ」って誘ったけど、そのたびに「たびちゃん、今行っても、お家はないんだよ」とあっさり断わられてしまった。 「お家はない」? ああ、心密かに恐れていたことが起こってしまったのだ。 最初はからかわれているのだと思ったけれど、どうも本当らしいと気づいたとき、私にはわかった。なにが原因かはよくわからないけれど、うちにお金がなくなっちゃって、お家をなくしてしまったんだ。さもなければ、誰かと喧嘩をして負けたので、お家をあげて許してもらったんだ。 だから、最後の夜、あれがほんとに最後の夜だったから、あんな寂しいところでもお泊まりしようとしていたんだ。 私は死ぬほど悲しかったけど、きっととうしゃんとかあしゃんも笑っているけど同じような気持ちだろう、と思ったので、もうそれからは「山のお家へ行こう」とは言わないようにした。 そして、ねえ、うちが貧乏でも、喧嘩に弱くても、私はとうしゃんもかあしゃんも大好きだから、気にしないようにしようね、と心の中で励まし続けた。 それにしても、もうそんなことすっかり忘れてのんきに遊んでいるノンちゃんはともかくとして、全然気にするようすもないかあしゃんたちの気持ちは計りかねた。 ときどき、「たび、最近山の家に行こうって言わないね」と笑いながら話す二人って、随分無神経なのかも、私がこんなに心を痛めて気遣っているのに、と呆れてしまうこともあった。 |
|
|
|