ねこアパート

101号室

中村 たび

連載第53回 (July 15th, 2000)

それは、「子供の心」。
え、なんだ、そんなことかって?
うん、そんなことなの。ただそれだけのこと。
でも、私、もう10歳を超えていたわけで、それって私たちねこ族にとってはかなりの高齢を意味することだ。はっきり言って、おばあちゃんの領域に入っていた私にとって、だたそれだけのことを思い出すのは意外と時間がかかる作業だったのだ。

遊び好きな子ねこだった私が、がくんと歳を取ったと感じたときは2回あった。
5歳のときと9歳のとき。
私と同じかそれより年上のねこ族のみなさんや、そういう子たちと暮らしているひと族ならわかってもらえると思う。

5歳のとき、自分が完全に大人になったように思い、遊んでばかりいるのにいささか疑問を感じるようになった。にゃん生について、少しばかり哲学的なことを考えて座っている時間が増えた。けれども、その頃仲良くなったとうしゃんが、次々と新しい遊びに私を誘ってくれたので、この「中年の危機」は無事に通り過ぎることができた。

9歳のときには、もっと深刻だったと思う。
中年どころではなく、初老の危機だ。私は肉体的にも疲れやすくなり、精神的な張りもなくなった感じで眠ってばかりいるようになった。
それが、かあしゃんたちにノンちゃんを連れてこようと考えさせたのだった。

もともと保守的である上に、初老の頑固さ・意固地さが加わって、私はノンちゃんを認めまいとし続けたわけなのだが、彼の無邪気さが私の殻を破ったのかもしれない。いやいやながら一緒に遊んでいるうちに、心の奥底にある捨てがたいねこ本来の性格・強い好奇心、何でも楽しむ心、集中力などが蘇り、大人ぶって難しい顔をして暮らすことなんて馬鹿馬鹿しいことだ、と気づかされたのだ。

それからの私は、ノンちゃんとの遊びも、かあしゃんやとうしゃんとの遊びも、また昔のように楽しむようになった。
これが「たびが若返った!」とかあしゃんを大いに喜ばせたのは言うまでもない。

連載第54回 (August 1st, 2000)

ノンちゃんは変な子で、私には思いつかないようなことをいろいろとしては、かあしゃんをキリキリ舞いさせることもしばしばだった。(今でも、かな)
例えば、ノンちゃんがいない!って大騒ぎになったときに、私なら絶対登らないようなたんすのてっぺんでぐうぐう寝てたり、お札を噛んで破っちゃったり。
でも、彼は悪びれないっていうか、憎めないっていうか、私もかあしゃんたちも笑って許せちゃうようなところのある、得な性格だ。

でも、一つだけ許せなかったことがあった。

それは、私を襲おうとしたこと。それもしょっちゅう!

まだ4ヶ月くらいの赤ちゃんだったくせに、10歳も年上の、しかも一生純潔を誓った私に乗っかってきたんだからひどいでしょう?
もっとも、本人はお遊びでやってたんだとは思うけど、それにしたってツボを心得てるっていうか、私の首まで噛んだりしたのだから、本能ってコワイ。
これには私も必死で抵抗したし怒った。当然だ。

せっかく仲良くなってきたのに、ノンちゃんのそんな行動のせいで私たちの仲がまた悪くなったら困る(はっきり言うと、私がノンちゃんを嫌いになったら困る)と思ったかあしゃんたちは、ブリーダーさんに相談して、彼が充分大きくなったら、とっとと去勢してしまおうと決定した。
後々判明したんだけど、ノンちゃんの家系には、エッチな子が多いらしい。エッチというと語弊があるかな、おませさんというか、早熟で、りっぱなお父さんになる子が多いってことだ。
だから、私がもしもっともっと若くて、赤ちゃんがほしいなって思ってたとしたら、そんなノンちゃんをすてき!カッコイイ!って感じたのかもしれないけど、そうじゃないので、ただただ迷惑なだけだったわけだ。

もう我慢も限界だ!ノンちゃんはすごい勢いで大きくなっていたから、そのうちしばしばそう思うようになった頃、ノンちゃんは近くのお医者さまのところで手術を受けた。
私のときとは大違いで、お昼前に行って、夕方には帰ってきたし、なんだか全然変化もなかったから「ほんとに手術してもらったのかな?」ってかあしゃんたちが思ったほどだった。
ただ、予防注射のときにはとてもいい子だったノンちゃんが、かあしゃんたちが帰った後暴れたらしくて、(ま、そりゃ嫌だよね、よくわかるよ)先生から「この子は暴れん坊ですねえ」って言われたそうだ。いつも暴れることなんてなくて、ただただ甘えん坊のいい子だと思ってたかあしゃんたちは、うんとびっくりしたみたい。

それでもそれからしばらくの間は、ノンちゃんのエッチな遊びはおさまらなかった。彼ってほんとうにモテる男に成長する素質十二分だったのかもね。

連載第55回 (August 15th, 2000)

こうして私とノンちゃんの(それともちろんとうしゃんとかあしゃんの)生活は落ちついていった。
だんだんと秩序というかルールができてきて、暮らしやすく楽しくなった。ノンちゃんも私の言うことをきちんと聞きわけて、あまりひどい遊びはしかけなくなったし、私のまねをして「やってはいけないこと」を守るようになった。
私の方も、少しばかりの譲歩をするようになったし、こっそりノンちゃんのまねをしてみることもした。

実は、私、ふつうのねこ缶が大嫌いだったの。ほら、前にお話したでしょう?手術のために入院したとき以来、とてもとても嫌な気持ちになって食べなくなっちゃったって。
だから、私のごはんって、カリカリの他はおかかと、小さく切ったかまぼこで、それ以外は絶対嫌!って断固拒否してた。
かあしゃんたちは「かまぼこは塩分が多いんだよ、たび、からだによくないんだよ」っていつも心配してたんだけど、でもやっぱり嫌なものは嫌。
そう思ってたわけなんだけど。

ノンちゃんが来て、ねこ缶を食べてるのを見たら、なんだか食べてもいいかなあって気持ちになっちゃった。人の食べてるものって美味しそうに見えるんだもん。
そういう気持ちになった頃に、かあしゃんが「試してみよう」って私のお皿にノンちゃんのと同じお魚のねこ缶を入れてくれたので、食べてみたら、これが結構いけたの!
ノンちゃんって、油っぽいものが苦手なので、ごはんのねこ缶もとてもさっぱりしたものだったから、私の舌にもあったんだと思う。
それから少しずつかまぼこは減らされて(やっぱりかまぼこは食べたいの!ってゴネてたから、ほんのちょっとは乗せられていた)そのうち私もノンちゃんたちと同じねこ缶を食べるようになった。
これって、やっぱり健康にはよかったみたい。かあしゃんがいろいろ試して選んだダイエットカリカリや、ノンちゃんと遊んで走るおかげで、私の体重は適正範囲におさまるようになったし、ねこドックでもどこにも問題なし!って言われるようになったから。

それと、「たびは丸くなった」とか「肩の力が抜けたね」と言われるようになった。
私はどっちかというとかあしゃん譲りの生真面目な性格で、ちょっと気難しいところもあるって言われてきた。だめだよって言われれればちゃんと守るし、ひどいおふざけには眉をしかめるような、そんなねこだということだ。ごはんは私のお皿に入れられたものしか食べない。テーブルの上なんて絶対上らない。知らない人が来ても決して近寄らない。私が「A型」だって言われる所以だ。
ノンちゃんはとうしゃんと同じ「B型」だあ、って言われている。楽観的であまり気にしない。いつも気楽で楽しそうだ。
それで、少しだけノンちゃんのまねをしたら、結構面白いし、なんだかとっても気持ちが楽で解放された気分になったので、どんどんやってみたら、これが思いの外評判がよかったっていうか。
かあしゃんたちの手からチーズをちょびっと味見させてもらったり、赤ちゃんくさいいたずらをしてみたり、甘えたいと思ったら気にせず甘えたり。

かあしゃんが「赤ちゃん時代のたびが戻ってきた!」って喜んだから、私はびっくりした。

ノンちゃんが来てよかったなあ、と思うのはもう一つ。知らない人が来たときには、まずノンちゃんが偵察に行って「お姉ちゃん、だいじょうぶだよ」って教えてくれること。にゃん生って、なにが幸いするかわからない、って今更ながら思うのだ。


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