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当時かあしゃんが住んでいた豪徳寺は、ちんちん電車(母注:玉電のこと)が走る、静かな「都会の田舎」で、アパートの回りには畑なんかもあった。 古い町だったので、ご近所もお年寄りが多く住んでいて、のどかな所だった。 町の名前にもなっている「豪徳寺」は、知る人ぞ知るねこのお寺だ。私は連れていってもらったことがないが、かあしゃんによると、ずらーっとすごい数の招きねこが奉られていて、夜なんかちょっとコワイんだそうだ。 なんでもこじつけるかあしゃんは、「ねこの町に住んでねこと暮すことになった」と妙に感心していた。 さて、かあしゃんは言い渋っているが、本当のことを話すべきだと思う。今どきバツイチなんてたいしたことないじゃん。(母注:.....) そう、豪徳寺の家には、前のとうしゃんがいた。今のとうしゃんよりずっと若い、かあしゃんとはお友だちみたいなとうしゃんで、私にとってもそんな感じだった。 前のとうしゃんは、心配症で感激屋の単純なかあしゃんとは違って、いつも冷静に私のことを見てくれていたと思う。優しいけどクールで、いつもポーカーフェイスだった。まあ、二人の別離の原因の一つはそんなとこなんだろうな、と私は思っているんだけど。(母注:くそっ、生意気に!あ、失礼、取乱しました。) |
かあしゃんも、前のとうしゃんも、毎日仕事にでかけるから、鍵ねこの私は、昼間一人っきりで、二人の帰りを待っていた。 かあしゃんは、うんとがんばって仕事を早く終わらせると、飛ぶようにして帰宅し、私と遊んだものだ。 あの頃はまだまだ若くて、遊んでも遊んでも飽きることを知らなかった。 二人して「たびって、昼間なにしてるんだろうね。隠しカメラでも仕込みたいよ」とよく話していたけど、別に何にもしてなかったよ。夜のお遊びタイムにそなえて、たっぷりお昼寝してたの。でも、ほんと、かあしゃんの帰りがとっても待ち遠しかったな。 そんな風に何ごともなく平和でたいくつな日々が続いたのだが、ある日、なんだかとてもダルくなって、いつもの元気がなくなってしまった。どうしたのだろう?熱くって、ひたすら眠たい。 かあしゃんは、そんな私をものすごく心配して、私を病院へ連れて行ってくれた。いい病院でなきゃダメだ、とさる所に問い合わせて、少しばかり遠くの病院まで行ったのだ。 診察の結果、単なる風邪で、注射を一本打たれておしまいだったのだが、それはその後の辛いできごとの前触れでしかなかった。 |
病院から帰って間もなくのこと。 それは突然やってきた。何の前触れも、ましてや予備知識などひとつも私に与えずに。 なんだかからだが重く、訳のわからないムズムズがあり、イライラする。 かあしゃんに「何とかしてー」と頼んでみると、自分でも驚くような声が出た。なに、この甘ったるい声? 会う人全てをして「まあにゃんてキャワユイお声なの?」と言わしめた、あの鈴を振るような声でなくなってる! 「どうしたの、たびちゃん」驚き、心配するかあしゃんが私を撫でてくれた。 すると、ええーっ! 私、なんて格好してるの? 屈辱的にからだをかがめて、腰をかあしゃんの方に突き出してるではないか。でもでも、自分ではどうすることもできない。 「まあ、たびちゃん、どうしよう、大人になっちゃったのね」オロオロしたかあしゃんの声が遠くで聞こえた。 そうなのか、私、大人になったのか。じゃ、これは特別へんなことじゃないんだ。少しばかり安心したけど、ムズムズ・イライラはつのるばかり。 そう、私に最初の「春の季節」がやってきたのだった。(まだ2月だったけどね) |
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