ねこアパート

101号室

中村 たび

連載第47回 (April 15th, 2000)

ノンちゃんが家に来た頃、私はすでに10歳だったわけで、その私とノンちゃんが仲良くなり、一緒に遊んだりするようになったのはちょっとすごいことかもしれないと思う。

これを読んで、「なんだ、いくつになってても、弟や妹ができても平気なんだ」って簡単に思わないでほしいのだ。

確かに私は自分の中の葛藤を乗り越えることができたけれど、誰もがそうとは限らないと思う。
まず、私はとても元気だ。
それから、かあしゃんやとうしゃんはとても根気強く、諦めなかった。
何より、ノンちゃんが気楽で優しいいい子だった。
こういう条件が一つでも抜けてたら難しかったのじゃないかと思う。

私が始めとても辛い思いをしたのは、 独り占めしていたかあしゃんたちの愛情を失うのではないかという猜疑心のせいが強かったのではないかと思う。

だいたい、赤ちゃんというのは誰にとっても可愛いものだし、よく遊ぶから、どうしてもその子にばかり目がいってしまうのはしかたないかもしれない。
でも、それが先住ねこをどれほど傷つけるか、よく考えてほしいと思う。
この子がいても、私は前と変わらず可愛がり愛してもらえる。それがわかって初めてその子を認めてもいいかなって思えるようになるのだから。

それから、後からくる子も肝心だ。やっぱり無邪気な赤ちゃんの方がいいように思う。先住ねこが怒っても、遊んでって寄ってくるような無邪気さは、こちらの思惑や不安など忘れさせてしまうものだ。

もし、あなたがねこ1匹と暮らしていて、新しい子を連れてこようと思うなら、どうぞそういうことを忘れないでほしい。
そして、できれば、その子があまり歳を取りすぎないうちにしてあげて。ねこっていうのは保守的な生き物なので、新しいことに対応するのって、歳を取るほど大変になるのだから。

連載第48回 (May 1st, 2000)

ノンちゃんが来たからと言って何も変わることはない、少なくとも私は、と思っていたが、そうではなかったことを認めなければならない。
なんというか、家の中のリズムが大幅に変わったのだ。

ノンちゃんは、ちょっと見コワイ顔をしてて、赤ちゃんにしては驚くほど手足も太く、まるで犬の子みたいに見えたが、可愛い声をしていて、つきあえばつきあうほど「もう、こいつってばほんとに赤ちゃん!」と思うようになった。

毎日走って遊んでごはんを食べてはいっぱいお昼寝をする。私が断わっても断わっても懲りずに「遊ぼうよ!」って寄ってくる。
チビのくせに、高いところに登っては降りられなくなる。
いろんないたずらをしてはかあしゃんに叱られるけど、でもそれが楽しくて仕方ないようだった。

そんな赤ちゃんノンちゃんを、不覚にも「カワイイ」と思い始めていたが、それを認めるのはたいそう不愉快だったし、家の中心が彼に移ったことを認めるのはそれに輪をかけて不愉快だった。
なんのてらいも躊躇もなくかあしゃんにだっこをせがみ、とうしゃんと遊ぶノンちゃん。
当時の彼の一番のお気に入りの遊びは「とっておいで」だった。フカフカ・ボールをかあしゃんたちに投げてもらって、それをすごい勢いで取りに行き、かあしゃんたちに渡してまた投げてもらう、ということを飽きずに延々とくり返すのだ。
(犬じゃあるまいし、ばっかじゃないの?)
私を誘うかあしゃんを横目で見ながら、うんざりした顔をしてやると、かあしゃんは苦笑して、その後ノンちゃんがお昼寝をしている間私とだけ前と同じような遊び ― かくれんぼやおいかけっこ ― をしてくれた。

でも。
私が複雑な気持ちを抱えていたことを告白しなければならないと思う。
(所詮子供よね、ばかみたーい)と思いつつ、心のはじっこがチクチクしていたことを。
ためらうことなく甘えることができるノンちゃんへの密かな羨望があったことを。
私のそんな伸びやかな子供時代はとっくに終わったと改めて悟らねばならない苦さが、胸元からあがってきたことを。

そうした気持ちが、私にノンちゃんから少し距離を置かせていた。

連載第49回 (May 15th, 2000)

私たちの関係がそんな風に微妙だった頃(と言ってもノンちゃんはちっともそう思ってなかったようだが)それはおこった。

この事件の顛末を話す前に断わっておきたいのだが、私たちねこ族はおおむねお風呂嫌いである。大昔、エジプトなんかで神様として崇められていたことからもわかるように、水のないところでもきちんと身綺麗にできるようにできているのである。
人間と違って汗なんてかかないし、犬のように匂うこともあまりない。(一部の青春真っ盛りの男の子を除いて、だけど)
犬のように群れて狩りをするわけではなく、狙いをつけた獲物に忍び寄り、一撃必殺!で狩りをしてきた私たちには、それとはっきりわかる匂いはないのが道理なのだ。
中にはお風呂が大好きになっちゃって、人間と一緒に毎日入浴を楽しむ風変わりな子もいるらしいけれど、私はお風呂が大嫌いだ。もう一度声を大にして言おう。私はお風呂が大嫌いだ!!!
ふう、ちょっと私らしくもなく興奮してしまった。一昨日お風呂に入れられたばかりなので、いささか気が立っているからで、ご容赦願いたい。

落ち着いて本題に戻ろう。
しぶしぶながらもノンちゃんを受け入れた私に喜んだかあしゃんたちだったが、それでもまだ満足していないようすで、私がノンちゃんを積極的に受け入れるにはどうしたらよいか?について、ノンちゃんを育てたブリーダーの人にいろいろ聞いていた。
その一案としてあげられたのが「ノンちゃんをお風呂に入れる」だった。私と同じシャンプーで洗えば、もっと同じ匂いになって、私が仲間としてきちんと認めるだろうという理由からだった。
なにしろ、ノンちゃんの実家にはそりゃもうたくさんのねこたちがいて、そのたくさんのねこたちの匂いがついていたから。これは、さっき言った「ねこ族には匂いがない」と反するようだが、それは人間の貧しい嗅覚から言っての話で、当然私たちねこ族間ではちゃんと「これは誰それの匂い」というのは識別されるのだ。
だから、この「ノンちゃんをお風呂に入れる」作戦は理にかなっていると言える。

うちではお風呂はかあしゃんが入れることになっている。とうしゃんが外で待っていて、濡れた私を受け取って乾かしてくれるのだが、これは、1:かあしゃんの方が暴れる私の扱いになれている、2:乾かすと毛が飛ぶので、アレルギーのかあしゃんは乾かす作業が苦手、という二つの理由からだった。

このときも、かあしゃんが何も知らないノンちゃんをだっこしてお風呂に入っていった。


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