ねこアパート

101号室

中村 たび

連載第44回 (March 1st, 2000)

こうなったら実力行使あるのみだ。
私は家出を決行した。

... と言ったところで、ここはマンションの12階。私の唯一にしてささやかな外庭であるベランダへ出せとわめいたのだ。困り果てていたかあしゃんは、しかたなく窓をあけ、私をベランダに出した。

私のお家には、東側と南側にL字形のベランダがついていて、私が走って遊べるくらい広いし、いろんな草や小さな木の鉢があって、隠れたりちょっと眠ったりすることもできる。夏から秋へ季節が変わる頃でもあり、暑い昼間は日陰にいれば、夜は涼しい風も来て凌ぎやすかったから、必要とあればずっとここでがんばろうと思った。
ごはんはねこ草でがまんすればいいし、おトイレはどうしようもなくなったら土だけのプランターにしちゃえばいい。
私の決心は堅かった。

あの子がいなくなるまでお部屋には戻らない。

午後のまだ暑い風に吹かれながら、いろんなことを考えていた。
ほんのチビだった頃、かあしゃんに出会った頃のこと。長く寂しいお留守番時代のこと。かあしゃんがずっとお家にいて、一緒に遊べるようになった頃のこと。それから夕べのこと。とうしゃんがいっぱい紐で遊んでくれたっけ。
目の奥が熱くなり涙がこぼれそうになったけど、ぐっとこらえた。まだまだ戦いは始まったばかりなのだ。しっかりしなくちゃ。私は毛づくろいをして、心を落ち着かせた。

私がまなじりを決している頃、部屋の中ではお決まりのやりとりがあったらしかった。
私の決心を見てとって死ぬ程心配しているかあしゃんと、いつもの通り「なんとかなるよ」と楽天的に構えるとうしゃん。問題の赤ちゃんねこ・ノンちゃんは、そんな不穏な空気などおかまいなしで、とにかく楽しくて仕方ないという風情で遊んでいたという。
あ〜あ、彼らしいわ。

連載第45回 (March 15th, 2000)

結局私の家出はそれほど長くは続かなかった。

かあしゃんがベランダにやってきて「たびちゃん、お部屋に入ってきてよ。ノルちゃん、いい子だよ。みんなで仲良くしようよ」って言った。
私はそんなこと聞かず「ねえ、かあしゃん、私だけでいいじゃない?私かあしゃん大好きだよ。とうしゃんも大好きだよ。3人だけでいいじゃない?ね、ね、私を撫でて、遊んで」ってコロンして甘え声を出した。
「たび、たび、大好きだよ。ノルちゃんがいたって、たびが大好きなことに変わりはないの。わかるでしょ?」私を撫でながらかあしゃんは涙声で言ったが、私は甘えてコロンするばかりで、部屋には一切入ろうとはしなかった。

あきらめたかあしゃんが部屋に入り、そのうちまた出てくる。部屋に入ろうとしない私のために、大好きなおかかを持ってきてくれたりした。
そのうち、どうしてもおトイレに行きたくなり、出てきたかあしゃんと一緒にお部屋に入り、自分のトイレに行ったけど、すぐに窓辺で出して、とわめいた。
その日はそんな風にして過ごし、トイレ以外はベランダで暮らした。
次の日も。
その次の日も。
そのまた次の日も。
ずーっと。

...なんて、ずっとベランダで暮らすのも悪くないなあ、とほろ苦く考えていたのだけど、寂しくなっちゃって、少しずつお部屋に入るようになった。

(こんなに簡単にヒヨッたら威厳が落ちるなあ。所詮お嬢様のエセ・レジスタンスだって言われちゃうな)と思ったけど、事実私は苛酷な野良経験もないし、あの「ねこたま」にだって、入ってすぐかあしゃんに連れてこられたわけで、あまりもまれたわけじゃなかったし。そうよ、私はお嬢様なのよ、と居直る気持ちもあった。

それに、かあしゃんたちもそれなりに対策を講じていた。

連載第46回 (April 1st, 2000)

次の日、ケージという、大きな金属の箱がやってきた。檻みたいなやつだったから、あ、あれにノンちゃんを閉じ込めるんだね、それはいい考えだって思った。

私の考えは半分あってて、半分違ってた。
確かにかあしゃんたちはノンちゃんをケージに入れたけど、ずっとじゃなかったし、ノンちゃんは意外にもこのケージの中が気に入ったらしかった。
高さの半分くらいのところに、三角形のでっぱりがあって、ノンちゃんはここに登って遊んだり眠ったりする。
ごはんもしばらくはここで食べてた。赤ちゃん用のごはんだったから、私もちょっとつまみ食いしたいなあと思ったりしたけど、太るからって止められてて、そのためもあったかもしれない。

ノンちゃんがどう思ったかは別として、私はちょっといい気分になった。
なんと言っても、ノンちゃんは檻の中、私は自由に歩き回れる。うーん、やっぱり私の方が信用できるし、大切だってことだよね。
それに、前みたいに、ノンちゃんがすぐに私の方によってこないから、少し離れたところからじっくり観察することもできた。
そしたら、なんてことないってことがわかってきた。

(なんだ、小さいじゃん。喧嘩したら絶対私が勝つな。それにやっぱり赤ちゃんくさいや。な〜んだ)

少し冷静になったら、あれほど腹を立てていたのが馬鹿みたいに思えてきたから不思議だ。
私は家出をやめて、お部屋の中で元通り暮らし始めた。
うんと長いこと、つまり半年くらい家出してような気がしてたけど、結局は2日ほどで終わってしまったわけだ。でも、それでよかったと思っている。あまり意地を張るのってよくない。何ごともタイミングが大切で、相手が折れて歩み寄ってきてるなら、こっちも鷹揚なところを見せるのも大事だってことだ。私は心得たねこなのだ。

私がノンちゃんを認めて、そばに来るのを許すようになった後も、ノンちゃんはケージを「ぼくのお部屋」って決めて、ずいぶん大きくなるまでよく中で遊んだり眠ったりした。
告白するけど、私もときどき誰もいないときにケージに入ってみたけど(扉はいつも開けてあった)、それほど楽しいとは思わなかった。
やっぱり自由が一番だし、あれは私のものじゃないし。

そのうちケージは畳んで片付けられ、その後は赤ちゃんねこが来たときにだけ出されるようになった。
私とノンちゃんはなんとなく、いつの間にか済し崩しに仲良くなってしまった。でもまあ、それはそれでよかったと思っている。


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