ねこアパート

101号室

中村 たび

連載第34回 (October 1st, 1999)

お留守番もちゃんとできたし、病気らしい病気も子供の頃の風邪だけだし、私は手のかからないいい子だと言われている。(あの、家出(?)事件は別だけど)
だから、1度怪我をしたときにも、痛かったけどがまんをして、かあしゃんたちには心配をかけまいとしたのだ。
数日後、私のお尻に、もう乾いて治りかけてる傷を見つけたかあしゃんは、ものすごく驚き、病院へ走ったけれど、先生にも「もう大丈夫ですね」って言われてたっけ。
かあしゃんが怪我に気づかなかった自分を責めるし、あんまり心配するものだから、念のためにって化膿止めのお薬を出してくれた。あれはかあしゃんの気休めためのお薬だったような気がする。

その病院で「ねこドック」があるっていうのを見つけたかあしゃんたちは、後日私をその「ねこドック」に入れようと決め、申し込んだ。

「たびが怪我したのは、たぶん山の家の庭でだろう。以前ならこんな怪我なんてするような子じゃなかったのに、やっぱり歳のせいで動きが鈍くなってるせいかもしれない。そう言えば、最近あんまり走ったり跳んだりしなくなって寝てることが多くなった。若い若いと思ってたけど、もう9歳ってねことしては結構な歳じゃないか」

というのが理由だった。
失礼な、と思う反面、その通りかもね、と気弱になってしまった私は、やはりちょっと歳を取り始めてたのかもしれなかった。
だが、歳を取り始めてたのはかあしゃんととうしゃんも当然一緒で、だから家族3人で座ってることが増えていたわけだ。

ねこドックは人間ドックみたいなもので、心電図やレントゲンをとったり血液検査をしたり、いろんな検査をした。採血のときも心電図をとるときにも、私がとても静かにいい子にしてるから、先生も看護婦さんも、うんとびっくりしていた。レントゲンのときだけ、かあしゃんたちと離れなきゃいけないので、ちょっと泣いちゃった。
先生に「飼い主のことをとても信頼しているんですね、いい子ですね」と言われて、かあしゃんたちはうれしそうだった。

検査の後、ちょっと太ってることの他は全然問題なし、と結果が出た。
ごはんをダイエット用のに変えることと、もう少し動くようにねとアドバイスされたかあしゃんたちは、ずっと考えてたことを先生に相談したのだ。

「先生、この子は歳ですが、今からもう1匹ねこを飼っても平気でしょうか?」

連載第35回 (October 15th, 1999)

先生はちょっと躊躇した後、頷いた。
「そうですね、もう9歳なので、本来なら今から新しい子を連れてくるのは難しいだろうと思いますが、たびちゃんは歳よりもずっと若くて元気なのでだいじょうぶでしょう。
新しい子が刺激になっていいかもしれませんね。
ただ、たびちゃんのことを一番に考えると、子ねこは健康であることが第一条件になります。もし病気などがあると、うつってしまいますから。」

てっきり「やめなさい」と言われるかと思っていたかあしゃんはとても喜び、(とうしゃんは「平気だよ」と前々から言ってたけど)先生から『猫カタログ』という大きな厚い本を借りて帰宅した。

かあしゃんは昔、私が小さかった頃に「もっとねこがいたらいいなあ」と思っていた。
昼間のお留守番のとき、誰かお友だちがいたら心配ないというのと、ただ単にねこ同士が遊んでるとこや一緒に眠っているとこをみたいという理由からだったが、諸般の事情が許さなかったようだった。
お正月などに実家に帰るときには、私はキャリーバッグにつめられて一緒に旅行したのだが、車を持たなかったかあしゃんたちは当然電車を使うわけで、そうすると複数のねこって結構な大荷物になってしまう。
また、子供の頃から犬と暮していたかあしゃんは「狭いところに何匹もいるのってストレスになる」と考えていた。「外に出さない以上、部屋の中はたっぷりと自由に使えないとならないだろう」ということだ。それには少しばかり部屋が狭い、と思っていた。
かあしゃん自身が心理的テリトリーはたっぷり欲しいタイプなので(あまりまわりに人がいて欲しくないタイプ)ことさらそう思ったようだ。
その通りだが、そうでもない。一人になりたいときは静かにほっといて欲しいが、誰かと一緒の方が心が休まる事も多い。そうだな、一番いいのは、気持ちのいいお部屋に、心を許した誰かと、少しばかり距離をおいて、なんとなく一緒にいることだろうか。自分勝手?うーん、そうかもしれない。でも、それがねこというものだ。

最初「継父」と呼ばれていたとうしゃんは、私のことが大好きになり、ついでにねこ全部が大好きになってしまったので、そんなかあしゃんの永年の悩みとはうらはらに「もう1匹ねこを飼おう!」と主張していた。
私は今ではとうしゃんが一番好きかな、と思うが、あの頃はまだ「とうしゃんは好きだけど、やっぱりかあしゃんがいい」という気分だったので、「継父」の悲哀をちょっぴり味わったとうしゃんは「自分のねこ」が欲しい、と密かに野望を抱いていたわけだ。

連載第36回 (November 1st, 1999)

家に帰る車の中から、とうしゃんとかあしゃんの「どんな子をどうやって手に入れるか」談義は始っていた。
部屋は広くなっていたし、先生のお墨付きももらえたし、もともと欲しかった次のねこを手に入れるのに条件は揃ったわけで、二人はとてもうれしそうだった。

かあしゃんは、私が500円だったことにこだわって、「高価なねこをわざわざ買うというのは性分に合わないし、第一たびに申し訳ない」と、里子に出されている子から探したいと主張していたが、とうしゃんの考えは違っていた。
「先生に言われた、健康が保証された子っていうのはとても大事だから、管理の行き届いたブリーダーさんから直接連れてくるのがいいと思う。たびにもしものことがあったら、それこそ大変だよ。それに、たびは500円だったかもしれないけれど、今では値段なんてつけられないほど高価な子でしょう?そういう比較はする必要ないと思う。」

こういうとき、とうしゃんは誰かを説得するのが実にうまい。かあしゃんは家に着く頃には「それもそうだね」と同意してしまい、一緒にワクワクしながら『猫カタログ』を見ていた。
「ねえ、たび、こんな子はどう?」なんてきれいなグラビア写真を次々見せてくれたけど、私に感心なんてあるはずない。嫌な成りゆきだなあ、と気分を害して知らん顔を決め込んでいたが、二人は初めて見るいろんなねこたちに感動したり笑ったり、それはもう大騒ぎだった。

そして、たくさんのねこたちの中から、どうしてもこの種類の子が欲しい、と言い出したのは、やっぱりとうしゃんの方だった。
それが「ノルウェージャン・フォレスト・キャット」、ノンちゃんやめるちゃんの種類だったわけだ。
それは、濃いグレーのフカフカ・モジャモジャのあったかそうな毛の子で、森の中、木のそばに立ってる写真が、まるで毛の長い野良猫みたいに見えた。

「『ノルウェージャン・フォレスト・キャット』、ノルウェーの森のねこだよ、いいなあ!この子にしようよ!」


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